第21話
その日の夜……。椿は、急遽用意された部屋で、ヤエに運んでもらった食事を摂っていた。
「ごめんなさい、ヤエ。迷惑をかけてしまって……」
「怪我をして数針縫ったのでしょう? 当然よ。気にしないで」
ヤエはとても心配している様子だった。
そして、私の顔をじっと見ながら言った。
「椿……これにこりて……辞めたりしないわよね?」
椿は深く頷いて「ええ。これくらいでは辞めないわ」と言った。
ヤエはどこかほっとしたように言った。
「最近、椿のおかげか屋敷の雰囲気がいいの。秀雄様に熱を上げていた子たちが過度な接触がないみたいで落ち着いたし、政宗様を恐れていた子たちも『少し柔らくなった』と言っているし、成孝様だって、いつもイライラしていらしたのに、昨日なんて鼻歌が聞こえてきたらしいの!!」
(成孝様の鼻歌……)
椿は成孝が鼻歌を歌っている姿を想像してみたが、想像できなかった。
「屋敷の雰囲気が良くなったのなら嬉しいけど……でも……それ、私が関係しているのかしら? 買いかぶり過ぎよ」
椿はこの屋敷に来て、特に何もしていない。
政宗の朝の支度は手伝っているが、ほとんど役に立っているようには思えない。
それに、成孝の手伝いだって書類整理くらいしかできないし、役に立ったかもしれないと思えるのは護衛くらいが、結局足を怪我して成孝や秀雄を心配させ、病院まで連れて行ってもらって迷惑をかけてしまった。
「ふふふ。まぁ、私がそう思うってだけ。気にしないで、あ。椿、食べ終わったわね」
「ええ。待たせてごめんなさい。明日はみんなと一緒に食堂で食べるわ」
椿の言葉にヤエが困ったように言った。
「椿、それは出来ないわ。成孝様から今日と明日はここに食事を用意するように言われているのよ」
「そう、迷惑かけてごめんね」
「怪我人は余計なこと気にしないの!!」
ヤエは食器を持ちながら言った。
「じゃあ、椿、おやすみなさい」
「おやすみ」
そしてヤエが部屋を出て行った。
そろそろ寝支度をしようと思っていると、ノックの音がして秀雄と政宗が入って来た。
「椿、大丈夫なのか?」
政宗が椿の顔を心配そうにのぞき込んだ。
「おかえりなさいませ、政宗様」
「ああ、ただいま。椿、明日の支度は手伝わなくていいから」
椿は「かしこましました」と答えた。
すると秀雄が声を上げた。
「さて、政宗は部屋を出ろ。俺は椿を着替えさせる」
「は?」
「え?」
政宗と椿は同時に声を上げた。
「秀雄様、そこまでではありません。自分で着替えられます」
秀雄は笑顔で言った。
「安心しろ、俺は女性の服を脱がすのは得意だ」
「フケツ……!!」
秀雄の言葉に反応したのは、政宗だった。
政宗は真っ赤な顔で秀雄に向かって声を上げた。
「あんたさ、女性の前で何を言っているの? どっかに配慮って言葉を置き忘れたんじゃないの? 探して出直してきなよ!! あんた危険、絶対に椿の部屋に入るな!! 出禁!!」
そして、政宗は椿の部屋から秀雄を追い出した。
「椿、あんなケダモノをこの部屋に入れるなよ」
政宗がそう言った時だ。ノックの音がして返事をすると手の上に乗るほどの小さめの桶を持った成孝と秀雄が入って来た。
「あんた出禁だって言っただろ!?」
政宗の言葉に、成孝が「出禁?」と尋ねると政宗は先程のことを説明した。
成孝は「なるほど、それは出禁だ」と言って部屋から秀雄を追い出した。そして政宗を見ながら言った。
「政宗、井田様に電話をしておけ」
政宗は思い出したように「ああ、そうだった」と言って部屋をでようとしたが、振り返って椿を見ながら言った。
「何かあったら大声を出すこと。すぐに来るから」と言って政宗は部屋を出て行った。
成孝はベットの横の小さなテーブルに桶を置いて言った。
「あいつは、何を言っているんだ」
そして椿を見ながら言った。
「身体を拭く布を持ってきた。背中と足は私が拭く」
「ええ?? いえ、自分で拭きます」
成孝は困ったように言った。
「背中は……自分では拭けないだろう? 足も傷があるんだ。私が拭く。それに……」
成孝は少し言葉を詰まらせた後に言った。
「他の誰にも椿に触れさせたくない。だから私が拭く」
椿は何も言えずの真っ赤な顔で小さく頷いたのだった。
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