第17話




 次の日。

 椿が政宗を送り出して成孝の部屋に行くと、成孝と秀雄が書類を見ながら眉を寄せていた。


「やはり気になるな……。一度現地の視察に行った方がいいだろうな」


 成孝の言葉に、秀雄も頷いた。


「そうだな。成孝、今日は何もないだろう?」


 成孝は少し言い淀んだ後に答えた。


「……そうだな。急用というわけではないな」

「決まりだな」


 秀雄が先ほど見ていた書類から椿に視線を移しながら行った。


「椿、政宗を送った自動車が戻って来たら出掛けるぞ」

「はい」


 椿は背筋を伸ばして返事をした。



 政宗を学校に送った後に、自動車が戻って来た。

 今日は、成孝と秀雄がいたので、椿が助手席に乗るのだろうと思っていた。だが、秀雄は七介に話かけながら助手席に乗った。


「七介、昨日は中山様を送ってもらって悪かったな。家に戻るのが遅くなったんじゃないか?」

「いえ、お安い御用ですよ」


 秀雄は使用人の女性に絶大な人気があるが、きっとこんな風にちょっとした気遣いができるところが人を引き付けるのだろうと思った。


「椿、何をしている? 早く乗れ」


 成孝に言われて、椿は「はい」と答えると成孝の隣に座った。

 椿が乗るとすぐに自動車が動き始めた。

 これから東稔院家が今後川沿いに工場を建設する予定の場所の視察に行くことになっていた。

 秀雄と七介は、二人で他愛もない話をしていた。

 一方、椿と成孝は黙っていたが、不意に成孝が口を開いた。


「洋服姿も板についてきたな。新しい物を準備するか?」


 成孝に言葉に椿は急いで首を振った。


「いえ、すでにたくさん用意して頂いておりますので、必要ありません」


 成孝は少しだけ肩を落として「そうか……」と言った。

 またしても二人の間に沈黙が訪れた。


 そのまま二人は特に会話をしないまま、目的付近の川のすぐそばに車を止めた時だった。 

 椿は、一番初めに車から降りた途端に、チラリと視線を動かすと中にいる成孝と秀雄に声をかけた。


「お二人ともどうかそのままで!! 車から決して出ないで下さい」

「え!! おい!! 椿!?」


(殺気……結構多いわ)


 椿は急いで、足に仕込んでいた仕込み杖を取り出した。この仕込み杖は短く3つの棒に分かれていて、それをつなげると薙刀ほどの長さになった。

 仕込み杖を持つと、椿は正面に走り出して木の影から拳銃を構えていた男性の手から拳銃を払い落とし、男の胸元を一撃で突いた。


「ぐわっ!!!」


 そして、そのまま拳銃を蹴り上げ、手に持つと、左から切りかかってくる刺客の顎を思い切り棒で薙ぎ払った。


「ぐっ!!」


 今度は、右から切りかかてくる刺客を足払いし、転ばせている間に、後ろから襲ってきた刺客を仕込み杖の遠心力を利用して薙ぎ払った。


「がはっ!!」


 そして、先程足払いした刺客が立ち上がったところで下から突き上げて気絶させた。


「くっ!!」


 椿はたった数秒で刺客4人を地面に沈めてしまった。

 さらに椿は視界にこちらに向かって投石器を使おうとしている男性の姿をとらえた。


「車を出して下さい!! 急いで!!!」

「え? え?」


 慌てる七介に向かって成孝が叫んだ。


「早く出せ!!」

「かしこまりました!!」


 車はけたたましいエンジン音と共に前方に走り出した。椿は急いで車に掴まった。


「何してるんだ!! 掴まれ!!」


 秀雄が窓を急いで開けて、椿の手を取った。

その瞬間。


ドーン!!!!


大きな音がして、先ほどまで車があった場所に大きな岩が投石されていた。椿は秀雄を見ると、にっこりと笑った。


「ありがとうございました」

「いや……」


 椿はお礼を言うと、車から飛び降り、土手を転がり降りて、投石器を使った男を一撃で沈めた。

 その後、椿は周囲を見回し、静かに仕込み杖を片づけた。

 一部始終を見ていた秀雄が呆然としながら呟いた。


「な……なんだ。今のは……?」


 成孝が小さく呟いた。


「私たちを狙ったのか?」


 すると秀雄が眉を寄せながら言った。


「だが……なぜ、俺たちがここに来るとわかったのだ? ここに来るとこは数時間前に決めたばかりだ。それなのに向こうは、ご丁寧に、拳銃と投石機まで用意していた」


 二人が眉を寄せて考えていると七介が声を上げた。


「成孝様、後ろから自動車が来ます。ここでは邪魔になりますので、もう少し先にある場所に停めてもよろしいでしょうか?」

「ああ」


 そして七介が自動車を移動させると、後ろの自動車は、なぜかここまで来ることもなく止まった。

 

「椿じゃねぇ~~か、どうした?」


 後ろの自動車に乗っていたのは西条宗介だったのだった。

 成孝がため息をつきながら言った。


「どうやら、連中は俺たちを西条と勘違いしたようだな」


 秀雄も後ろの車から降りてきた西条を見ながら「そうみたいだな」と答えた。そして秀雄は、西条と親しそうな椿を見ながら眉を寄せた。


「椿と西条、楽しそうだな……なんだろうな、胸がムカムカする」


 すると成孝は秀雄の言葉を聞く前に自動車を出て、椿と西条の元に向かっていた。


「秀雄様、胸がむかむかするんですかい?」

「ああ。何かよくない物でも口にしたかもしれないな……」


 七介は、困ったように眉を下げると「そうかもしれませんね」と言ったのだった。

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