第16話
「本当に銀座でいいのか?」
食事を終えてまたしても少し仕事の話をすると、七介との約束の時間になっていたので椿と成孝は、宗介に約束の場所に自動車で送ってもらった。
「ああ、感謝する」
成孝がお礼を言うと、「気にするな」と言って宗介は椿を見た。
「椿、またな」
「はい、また」
そして椿と成孝は、宗介と別れた。
宗介の車が見えなくなると、成孝が首の後ろに手を置きながら言った。
「椿、悪かったな……仕事の話ばかりで、パーラーに行けなかった」
椿は成孝を見ながら言った。
「いえ、お仕事が捗ったのなら、こんなに嬉しいことはありません」
椿は成孝を安心させるために微笑んだのだが、成孝はとても気にしていた。
二人がそんな話をしていると、目の前に自動車が止まった。そしていきなり後部座席が空いたと思うと不機嫌そうな政宗が顔を出した。
「二人で銀座で何をしていたんだ?」
政宗の問いかけに、成孝が「戻ったら話す」と言って後部座席に乗り込んだ。成孝に後部座席に乗るように言われたが、今は政宗が乗っている。
椿は、「失礼します」と言って助手席に乗り込んだ。
椿が乗り込むと、七介は後ろを見ながら言った。
「出しますよ?」
「ああ、行ってくれ」
七介の言葉に政宗が答えた。そして自動車は再び動き始めた。車内では特に会話はなく、椿は変わりゆく景色を見ながら、権蔵の言葉を思い出していた。
――変わるのが早すぎて……ついて行けるのか怪しいな。
刀を捨てろと言われた時、多くの同志が絶望し、膝を着いた。
そして、皆が苗字を名乗れと言われた時、武士は自分たちの特権を奪われたと涙した。
刀で身を立てる時代が――終わったのだ。
あれほどの力を持っていた元大名の家族も今は、畑仕事に精を出している。
そして武器を持たない商人が、かつて刀を持っていた武士を下働きとして雇っている。
確かに時代が大きく変わった。
これまでの考え方や生き方そして……在り方、何もかも全て……
(もしも……変わる世について行けなくなったその時は、どうするのかしら?)
椿はそんな疑問を持ちながら、景色を眺めたのだった。
◇
屋敷に戻って、政宗も連れだって、成孝の部屋に入ると不機嫌そうな秀雄がソファに座って待っていた。
「成孝、椿と銀座に行ったんだって? まさか……パーラーに行ったわけではないよな? 俺が約束していたんだけど?」
秀雄の言葉に成孝が困ったように言った。
「パーラーには行っていない……西条家に行っていた」
「は……?」
「なんだって?」
成孝の言葉に、秀雄はポカンと口を開け、政宗は大きな声を上げた。
そして三人は、たっぷりと顔を見合わせて固まった後に、秀雄と政宗がほとんど同時に大きな声を上げた。
「どうして西条?」
「一体何があった?」
その後、成孝が二人に事情を説明すると秀雄が大きな声を上げた。
「なんだって、信じられない!! まさか、西条自ら取引きに応じてくれるなんて!! 成孝、俺はもう一度計画を見直してみる」
「ああ。頼む」
秀雄は「こうしてはいらない」と大慌てで成孝の部屋を出て行った。
椿と二人になると成孝は、隣に座っていた椿を見ながら真剣な顔をしながら言った。
「椿……私は……お前に西条家に嫁に行ってほしくはない……」
成孝の顔を見ていると、椿はなぜか胸が潰されるような錯覚を覚えて胸に手を当てた。
(よかった……胸は……無事だわ)
そう、胸を潰されるように感じるが実際は何もされていない。
椿は初めての感覚に戸惑いながらも、「西条さんも本気ではありませんよ」と言った。すると成孝が怖いほど真剣な顔で言った。
「椿、あれは男が勝負をかける時の顔だ。覚えておけ」
椿は、成孝の真剣さに「はい」と言って頷いたのだった。
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