第12話
自室の扉を開けた成孝は、椿と秀雄が隣に並んでお茶を飲んでいるのを見て、眉を寄せた。
「秀雄……戻っていたのか?」
秀雄は、成孝を見ながら「ああ。大丈夫、約束は取り付けた」と答えた。
成孝は「そうか」と答えて上着を脱ぐと、上着掛けにかけて口を開いた。
「ところでお前たちは何をそんなに楽しそうに話をしていたのだ?」
椿は、成孝を見ながら言った。
「はい、帝都のハイカラ女子御用達のお店を教えてもらいました」
すると秀雄が楽しそうに言った。
「ああ、それと今度椿をパーラーに連れて行く約束をした。椿を連れ出す許可をくれ」
成孝はこめかみを押さえながら「何がどうなっているのだ」と言いながら自分の執務机に座った。
「ところで椿、秀雄と話をしているということは買い物は済んだのか?」
椿は「はい」と言って、買って来たものを差し出した。
そして椿は先ほどのあったことを伝えることにした。
「成高様にご報告したことがあります」
椿の言葉に成高が眉を寄せた。
「報告とはなんだ?」
椿は背筋を正した。
「はい。本日、『西条宗介』さんをお助けしたところ……」
「待て!!!」
椿の報告の途中で成孝が椅子から立ち上がり、大声をあげたと思ったら、まるで在りえないものを見たというような顔をしていた。
椿は成孝の指示に従って押し黙った。
「『西条宗介』だと? どこで会った?」
椿は淡々と答えた。
「書店です」
成孝が眉をあげた。
「ああ。私が頼んだ本や雑誌を買いに行った時か……」
「はい」
すると成孝が眉の間に深いシワを刻みながら言った。
「それで……助けたとは?」
「はい。宗介さんが暗殺されそうになったので手を貸しました」
「西条が、暗殺だって!?」
今度は秀雄が声を上げた。成孝は目を見開いた。そして眉間に皺を寄せたまま尋ねた。
「それで? 続きを聞こう」
秀雄はソファから立ち上がって、成孝の隣に行くと、椿の顔を見た。そんな二人に見下ろされながら椿は淡々と伝えた。
「はい。『必ず礼をする』と成孝様に伝えてほしいと、頼まれました」
「何?」
秀雄がすごい勢いで椿に近づいてきた。
「『西条宗介』が『必ず礼をする』と、それを伝えろと言ったのか!?」
「はい」
すると、それまで驚いた顔をしていた成孝が震え出した。椿が成孝の不信な様子を観察していると、急に成孝が大きな声を出した。
「まさか!! こんな簡単に西条と繋がりが持てるとは!!」
「ははは、信じられない、椿は座敷童なのか?」
秀雄も大きな声で笑った。
(座敷童……たぶん悪い意味じゃないわよね?)
椿は二人の反応にどのように返せばいいのかわからずに黙っていることにした。
すると成孝が真剣な顔で秀雄を見た。
「近々、西条と接触する可能性がある。例の件を早急に進めろ」
「ああ。すぐに動けるようにしよう。成孝……護衛はどうする? 恐らく連中に気付かれたら厄介だぞ?」
すると成孝が椿を見た。
「椿。今後はお前に私の護衛も任せる。私が外に出るときは、私から常に離れるな」
椿はどうやら護衛に就任したようだった。
(護衛……? もしかして私は、護衛として雇われたのかしら? でも成孝様は護衛もという言い方をされたから、他にあるってことよね? とにかく護衛は問題ないわ)
「はい」
椿が返事をすると秀雄が片目を閉じながら言った。
「椿、何かあったら私の護衛も頼んだぞ?」
(何かあったら、遅いのではないかしら?)
椿はそう思ったが、秀雄は椿の返事を聞かないまま、「椿、またな」と言って部屋を出て行った。
部屋を出て行った秀雄の後ろ姿を見送っていると、成孝が息を吐きながら言った。
「椿、これからも頼むぞ」
椿は真っすぐに成孝を見つめて「はい」と返事をしたのだった。
◇
「椿、今日はもう休んでくれて構わない」
「はい」
椿は、成孝に頼まれた本を整理する手を止めて返事をした。
そして、書類を片付け始めた成孝の机の前までくると尋ねた。
「成孝様。私は一体、なぜこちらにお仕えすることになったのでしょうか?」
椿は先ほど護衛もと言われたが、本来の仕事が何なのかを聞く必要があると思った。
「仕事内容? まだ説明していなかったか?」
「成孝様の護衛をするいうお話は先程お伺いしました。ですが、本来のお仕事は別にあるのではないでしょうか?」
成孝はこめかみを押さえて、椿の前に置いてある書類を指さした。その書類は先日、ハリソンと打合せをした工場建設書類だった。
「椿には、山中村への道案内と現地で働く予定の人への説明を頼みたい」
「道案内と説明ですか?」
「そうだ。秀雄が先日現地に言ったのだが、現地の人間の言葉が全くわからずに何も進まなかった。今後、ハリソンから現地の人間に説明することになる。ハリソンの言葉は私が通訳をするが……その時に現地の人間と話ができなければ意味がない」
山中村やあのあたりの村は独自の表現や言葉が多い。
確かに帝都の言葉だとわからない可能性もある。椿は真剣な顔で成孝を見た。
「では、その仕事が終われば、私は電話交換局に戻るのでしょうか?」
宗介に『家で働かないか?』と言われた。もしも通訳と道案内を終えて、電話交換手になるのであれば宗介にそう伝えようと思ったのだ。すると椿の言葉に成孝が眉間に皺を寄せた。
「いや……椿には、このまま私の元で働いてほしいと思っている」
「このまま……」
椿は思わず考え込んでしまった。その様子に成孝が怪訝な顔をした。
「何か不都合があるのか?」
(お伝えした方がいいのかしら? それとも、お伝えしない方がいいのかしら?)
椿が困っていると、成孝が焦れたように口を開いた。
「どうした? 言いたいことがあるならはっきりと言え」
「はい。実は、西条宗介さんの元で働くことを打診されました」
「何!?」
成孝は青筋を立てながら尋ねた。
「それで、どう答えたのだ?」
「『すでに私のために多くの経費を使って頂いてるので、それをお返しできる程の働きをするまでは、辞められません』とお答えしました」
そう言ったと同時に成孝は唖然とした。
「……経費?」
「はい。お洋服や靴や化粧品をたくさん買って頂いたので、それらの代金に見合う働きをするまでは成孝様のお手伝いをさせて頂きたいと思います」
そして成孝が再び目を細めながら言った。
「私はどうやら、金の遣いどころを間違えなかったようだな」
そして、椿を見ながら言った。
「先ほど秀雄とパーラーの話をしていたが……行きたいのか?」
椿は少しだけ考えて答えた。
「はい。秀雄様の話ですと大変美味しい物があるそうなのでいつか行ってみたいと思っています」
成孝は口角を上げながら言った。
「では明日にでも行こう……必要経費だ」
「え?」
椿は思わず声を上げた。成孝は椅子から立ち上がると椿を見て笑った。
「ほら、私も食事に向かう。椿も休め」
「はい。では失礼いたします」
「ああ」
そして椿はその日の仕事を終えたのだった。
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