第11話





 二人が並んで書店に戻っていると宗介が口を開いた。


「あ~。やっぱり椿は只者じゃなかったな……」

「……これまで私の一族は武術で生きてきましたので……」


 宗介はそれを聞くと椿の正面に立って必死に椿に頼んだ。


「なぁ、椿。俺のところに来てくれ! 頼む!!」


 椿ははっきりと答えた。


「それは出来ません」

「なぜ?」


 椿は困ったように口を開いた。


「今の雇い主の方はすでに私のために多くの経費を使って下さっているので、それをお返しできる程の働きをするまでは、辞めることはできません」


 宗介は椿の服をしげしげと見て溜息をついた後に破顔した。


「ああ~~~腕が立ち、真面目で、義理難い……最高だ、椿!!」


 そして宗介は急に頭をゴシゴシと掻き出した。


「あ~もう仕方ねぇ。しばらく仕事して恩を返したら、俺のところに来い。ああ、いじめられたらすぐに辞めて俺のところに来い」

「お約束はできませんが……お誘いありがとうございます」


 椿が頭を下げると、宗介が何気なく言った。


「そういえば、椿はどこで働いてんだ?」

「東稔院様のお屋敷です」


 すると、宗介が青い顔をして立ち止まった。


「なんだって……?」


 椿は宗介の顔を覗き込んだ。


「ご存知なのですか?」

「ああ……まぁな……」


 宗介はなにかを考え込んでしまった。椿はふと、帝都の街並みに目を向けた。椿の住んでいたところとは全く違った。だが空を見ると、青く輝いていた。


(どこでも空は変わらないのね……さぁ、そろそろお使いを済ませなきゃ……)


 そろそろ買い物を済ませて屋敷に戻ろうと思っていた椿に、宗介がようやく口を開いて声を出した。


「なぁ、椿。お前の雇い主に『お前が西条宗介を助けた』と伝えてくれるか? そして『必ず礼をする』ともな」

「え?」


 宗介は椿を見ると、柔らかく笑いながら言った。


「またな。椿」

「はい。また……どうぞお気をつけ下さい」

「ああ、ありがとな」


 宗介は去って行った。

 椿は宗介の背中を見ながら眉を寄せた。


 ――西条宗介。


(確か『西条』は、政宗様がおっしゃった間者と間違われた時に出たお名前ね)


 椿は歩きながら考えた。


(あの様子……無関係じゃないわよね……)


 椿が 『東稔院』の名を出した時、宗介は明らかに動揺していた。


(成高様にお伝えした方がよさそうね……)


 そう結論付けて椿は、買い物を済ませて屋敷へと急いだのだった。








 買い物を終えて椿が荷物を抱えて、成孝の部屋に向かっていると2階に上がってすぐに見知らぬ男性から呼び止められた。


「君、今いいかな?」

「はい?」


 椿は声のする方を振り向いた。すると高級な洋服を身にまとい、まるで姿絵から飛び出してきたような美男子が椿のことを見て笑っていたが、目は全く笑っていなかった。


(どなたかしら? この家に堂々といらっしゃるということは、この家の方か、お客様ね)


 椿が考えていると、男性は椿の持っていた荷物を廊下に置くと、椿を壁に押し付けた。


(朝も政宗様に壁に押し付けられたわ……きっとこの方も私を間者だと思っているのね。投げ飛ばさないようにしないと……)


 椿が手がでないように自制しながら男性をみると、男性は目の奥に怯えを含んだ瞳で見つめてきた。


「私は秀雄という。成孝の弟だ……」


(この方が秀雄様……てっきり間者だと疑われていたのかと思ったけれど、自己紹介だったのね)


「はじめまして、椿です」


 椿は真っすぐに秀雄の顔を見つめた。秀雄は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を作った。相変わらず目は笑っていなかった。

 しばらく無言で見つめ合い、椿は首を傾けた。


「あの……まだ何か御用でしょうか?」


 すると秀雄は椿から離れると、驚きながら言った。


「なぜこれほど私が見つめても変らないのだ?」


 秀雄の問いかけに今度は椿が困惑する番だった。


(変らない? どういうことかしら? 帝都では何か作法があるのかしら?)


 椿は、心底申し訳なさそうに尋ねた。


「大変申し訳ございません。私は帝都の言葉は覚えたのですが……帝都の男女の作法などは全くわかりません。こういう場合、どう変るべきなのか教えていただけないでしょうか?」


 椿の言葉に、秀雄はまたしても目を見開いて驚いた。

 そして今度は大きな声で笑った。


「あははは、作法? そんな反応をされると、私の方が恥ずかしくなるな。あはは」


 そして秀雄は今度は目まで笑いながら椿を見た。


「すなまい。椿。女性には惚れてもらった方が成孝の動向や使用人の話の内容など色々教えてくれるようになって便利だからな、身近な女性には俺に惚れるように働きかけをしている」


(身近な女性を惚れさせる!?)


 椿はそれを聞いて、ヤエの言葉を思い出した。

 ――ここに来る子はみんなこの東稔院家の方々に恋をしてしまうの。

 秀雄自ら、惚れされるように仕向けていたのなら、好きになるのも仕方ない。

 椿は、秀雄の発言にどのように返事をするべきなのかを考えて、口を開いた。


「なるほど?」


 すると秀雄がニヤリと笑いながら言った。


「へぇ~~最低とか、酷いとか言わないのか?」


 椿は真っすぐに秀雄を見ながら言った。


「先ほどの秀雄様の瞳は笑っていませんでした。それに少しだけ瞳に怯えが見えました。何か理由があったのではないかと……思いました」


 椿の言葉を聞いた秀雄は息を呑むと、椿に向かって片手を差し出した。


「椿は……変っているな。だが……そうだな。悪くない。……今後一緒に仕事をすることになる。よろしく頼む」


 椿はハリソンと成孝の手を握った仕草を思い出して、手を差し出した。


「こちらこそよろしくお願いします」


 椿が笑うと、秀雄が椿の荷物を持ってくれた。


「成孝の部屋に行くのだろう? 私も行こう」

「はい。荷物、私が持ちます」

「いい、気にするな」


 こうして椿は秀雄と共に成孝の部屋に向かったのだった。




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