第6話


 自動車の運転席には今日は別の男性が座っていた。


「七介、銀座に行ってくれ」

「はい」


 そして、成孝が後部座席に座った。椿はどこに座ればいいのか迷っていると、運転席に座っていた七介が声をかけてくれた。


「お前さん、使用人だろう? 俺の隣に乗りな」

「は、はい」


 七介に言われて椿は助手席に乗った。

 自動車が動き出すと七介が声を上げた。


「成孝様、銀座のどこにいきましょう?」

「ああ、デパートに行ってくれ」

「はい」


 椿は行先を聞いたがよくわからなかった。


(デパートとは何かしら?)


 そして自動車は大きな建物の前に到着した。


(大きい……)


 椿が建物を見上げると、成孝は迷わず扉を開けた。

 椿と七介も成孝の後について歩いた。

 中に入ると、まるで宝物庫のように見たこともない美しい品々が並んでいた。

 

(凄いわ……)


 値札を見たが椿がこれまで見たこともないほど高額だった。

 成孝は女性の服が多く並んでいる場所まで来ると、洗練された女性が成孝に近付き声をかけた。


「東稔院様、本日は何をお探しですか?」


 どうやら成孝はこの女性と知り合いのようだった。


(成孝はこちらによく来られるのね……)


「ああ、この女性に適当に服を選んでくれ。そうだな……五、六着あればいいだろう。あと、小物や靴も見繕ってくれ」

「かしこまりました」


 二人の会話を聞いて椿が「え?」と声を上げた。そして動揺しながら言った。


「私の服を買うのですか?」


(どうしよう!! こんな高価な服を買ってしまったら、一生返せないほどの借金を背負ってしまうわ!!)


 椿は「申し訳ございません、私には持ち合わせが……」と言うと成孝は驚いた後に口角を上げた。


「はは、自分で支払うつもりだったのか? いいか、椿、よく覚えておけ。仕事に必要な金を経費と言う」

「経費?」

「ああ。これは経費だ。そんな姿では、私の仕事の邪魔になりかねない。わかるか?」

「なるほど……?」

「だから私が支払うから椿は、ただ受け取ればいい」


 椿は困惑したが、ヤエたちの服を思い出した。あれは貰えると言っていた。恐らくそういうこなのだろう。


「わかりました、お願いいたします」


 椿は挑むようにデパートの女性を見た。女性は微笑むと「お任せ下さい」と言ってくれたので椿はデパートの女性に身を委ねたのだった。



「成孝様、いかがでしょうか?」


 女性の言葉に成孝が腕を組み、椿の全身を見ながら言った。


「ああ、随分と見られるようになった」


 椿は鏡を見てあまりの変りように驚いていた。


(別人のようだわ。これで見られるようになったということは、成孝様の求める基準は相当高いのでしょうね……私は口出し出来ないわね……)


「その服はこのまま着て行け。他の服は七介、頼む」

「はい」

 

 成孝は七介に「荷物を置いたら、自動車で待機してくれ」と言った。

 そして、その後、化粧品売り場に行って、化粧品の使い方を学び、宝飾品売り場に言ってシンプルなネックレスを買ってデパートを出たのだった。


 服を代えて、化粧をした椿をみんなが振り向いている。

 怪訝な顔というわけではないのでおかしいというわけではないのだろう。


「成孝様、身支度を整えて下さってありがとうございます」

 

 経費だとは言われたが、これほど美しい服を買って貰ったのだ。椿はどうしてもお礼が言いたかった。


「……私は女性を褒める言葉など持ち合わせていないぞ」

「褒めずとも、成孝様の仕事に支障がない姿になったのであれば問題ありません」

「その点に関しては問題ない」


 椿は、仕事に適切な姿になったと聞いてほっとしたのだった。

 それから二人は七介の待つ自動車に戻った時だった。


「東稔院様?」

「これは、花菱様。お久しぶりでございます」

「お会い出来て嬉しいわ。少しお話しませんこと?」

「では、中までお連れいたします」


 とても色鮮やかな洋装に身を包んだ女性が成孝に話かけた。

 成孝は椿たちを見て早口で言った。


「七介、椿、自動車の中で少し待っていてくれ」


 そして女性の手を取るとデパートの中に入った。成孝の姿が消えると七介は「乗りなよ」と言った。

 椿は「はい」と助手席に乗った。


「いや~~お前さん、見違えたなぁ~~。使用人かと思っていたが、違うのか?」

「昨日、ヤエからみんなとは違う仕事をすると聞いていると言われました」


 七介は「へぇ~~」と言いながら椿を見ながら言った。


「名前は椿でいいのか?」

「はい、椿と申します。七介さんでよろしいでしょうか?」

「おう、俺ぁ、七介だ。東稔院家で運転手をしている。あ~その、俺ぁ、まだ嫁さんはいないんだ……」


 椿は七介の言葉にどう返事をすればいいのかわからず、同じような内容を返すことにした。


「私もお婿さんはいません」


 すると七介は、「あ、まぁ、ここに住み込みで働いてるんならそうだろうけど……」となんとも歯切れの悪い言い方をした。


(帝都に来たばかりだから、こんな時どう返事をしたらいいのかわからないわ……)


「まぁ、何かあったら頼れよ」


 七介は椿から視線を外しながら言った。

 だが、そう悪い返事でもなかったのかもしれないと思った。


「はい、よろしくお願いいたします」

「可愛い……」


(可愛い……? そういえば、昨日ヤエにも言われたわ。帝都ではよく使うのかしら?)


 椿が首を傾けていると、バタンと扉が開いて成孝が入って来た。


「このような場所であの方に会うなんてな……椿、お手柄だ。七介、急ぎ屋敷に戻れ」

「はい」


 成孝は普段より機嫌よさそうに見えた。

 

(とても綺麗な人だったから……成孝様の想い人かしら?)


 椿はそう思ったが、声には出さなかった。

 そして自動車は、屋敷に到着したのだった。





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