第3話
建物の外に出ると、馬車ではない乗り物が見え、椿は首を傾けた。
(何かしらこれ? 初めにこの建物に着た時にはなかったわよね? 馬車? 馬車にしては……馬はいないし……)
椿が立ち止まっていると成孝が椿の隣に立った。
「どうした?」
「……これはなんでしょうか?」
「これは、自動車だ」
「これが! 自動車!!」
(これが本に書いてあった自動車なのね。本物を見れる日が来るなんて。予想より大きいわ)
「これが……ということは自動車の存在は知っていたのか?」
「はい、本で読みました」
成高が椿に興味深そうに尋ねた。
「自動車についての本を理解できるほどの読解力もあるのか……」
成孝が椿を見つめていると、椿が口を開いた。
「私は、あなた様のことをなんと呼べばよろしいでしょうか?」
成孝は一瞬固まり、不機嫌そうな表情を浮かべたまま言った。
「私は
好きに呼べと呼ばれたので、椿はすぐに成孝を呼んでみた。
「かしこまりました。
すると成孝は眉を寄せながら言った。
「これから私の家で働いてもらう。私の家には東稔院が多くいる。名前で呼べ」
(これからこの方のお家に行くのね……)
椿はすぐに言い直した。
「
「ああ。では、出発する」
「はい」
自動車に始めて乗る椿はドアの開け方がわからずに戸惑っていると成高が何も言わずに扉を開けてくれた。そして椿が乗ると扉を閉めてくれた。
(なるほど、あの取っ手を引いて、開け閉めをして閉じる時は手の反動で閉めるのね)
椿が観察している間に成孝は、運転席に回り自動車に乗り込んだ。
そして何かを操作した途端にとんでもない音が周囲に響いた。
(何? この音? 大丈夫なの?)
汽車の音も大きかったが、自動車の音も随分と大きい。
椿にとって異音とも思える音に不安を思い、隣の成高を見たが特に変わった様子はなかった。
(成孝様は全く動じていないわ。自動車という物はきっとこういう物なのね)
そして鉄の塊である自動車がついに動き始めた。想像以上に揺れるため、椿は必死に椅子を持って乗っていた。馬がいなくても動くというのが椿は不思議だった。
外に目をやると景色がどんどん流れて行く。
(この乗り物、想像以上に早いわ……)
そして運転している成高に目を向けた。
(足と手を同時に動かすのね。この乗り物に乗るなら訓練が必要ね……馬もいらない。それなのに、一度に多くの人や荷物を自分の持って行きたい場所に直接持っていけるのか……帝都には凄い物があるのね……)
椿にとって、この自動車という乗り物は本当に夢のような乗り物に見えた。
「どうした? 運転したいのか?」
成高が運転しながら話かけてきた。
「運転……怖いですけれど、してみたいです」
「ほう、女が自動車に興味を持つとはな」
「乗れたら便利だと思いました」
椿が思ったことをそのまま伝えると、隣で成高が息をのんだ。
「おまえは未来に自動車がこの帝都中、いや、帝国中に広がる様子を想像できるか?」
成高は先程までの様子とは違って、真剣な声色だったので、椿も真剣に答えを考えた。
「帝都だけだはなく、帝国中……?」
ふと自動車からの景色を眺めてみる。
馬車や人力車は走っているが、自動車は全く走っていない。
今は歩きか、馬車か、人力車だ。
「今、目に映る限り、自動車はこの1台だけ……しかし1台あるということは増える可能性はあると思います。それにこの帝都で馬や牛を育てるのは大変そうです……人や建物がとても多い。何かきっかけがあれば簡単に覆るかもしれませんね。刀が消えた時のように……」
椿の言葉を聞いた成孝は「ふっ。私はどうやらいい拾い物をしたらしい」と上機嫌に言った。
もし椿の祖父に『いずれ刀は使えなくなる』と言えば、『寝ぼけたことを言うな!』と怒鳴られただろう。
誰一人として刀が持てないなることも、幕府が無くなるということも考えられなかった。
西洋と関わりを持つようになり、新しい価値観が流入して生活が変わる。
それは、止めることの出来ない流れなのだと、ずっと刀と共に生きてきた椿は身を持って知っていた。
椿が窓の外を眺めていると、成孝の声が聞こえた。
「そろそろ到着するぞ」
ふと前を見た椿の目に恐ろしい光景が飛び込んできた。
(凄いお屋敷……)
目の前には大きな洋館が見えた。そして自動車は迷うこともなくその大きな洋館に入って行った。
椿が驚いていると成高が自動車を止めて降りたので、椿も自動車を降りた。
扉を閉めようとしたら、上手く閉まらずに何度かやり直した。
(想像以上に、自動車の扉を閉めるのは大変だったわ……)
車を降りて、椿はもう一度正面から、大きな洋館を見上げた。夕日で洋館の白壁が赤く染まりとても幻想的な光景だった。
(こんなところに住むのかしら?)
洋館を見上げていると、黒い服の男性がドアの外に立っていた。
「成孝様、おかえりなさいませ」
「今、戻った」
男性は父親と同じ年くらいのように思えた。男性と目が合ったので、お辞儀をすると男性も頭を下げてくれた。
「そちらの方を使用人棟にお連れすればよろしいですか?」
「そうだ。頼む」
「畏まりました。」
男性が成高に頭を下げた。玄関の扉からは明るい光が見えた。
(夕方なのに家の中がとっても明るいわ……)
椿がぼんやりと光を眺めていると、成高に話しかけられた。
「
「はい」
成高は、側で控えていた頭に白い布をつけて、ハイカラな黒い洋装に白い見たこともない前掛けをつけた女中さんと共に家の中に入って行った。
(初めてみる洋装だわ……)
椿が洋装の女中に見とれていると徳永に声をかけられた。
「ようこそ、私は徳永と申します」
「はじめまして椿と申します。どうぞよろしくお願い致します」
徳永が笑顔を見せた。
「椿さんですね。どうぞ、こちらです」
「はい」
椿は徳永について行ったのだった。
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