第2話
駅に着くと、椿は叔母のアキノを探した。叔母といってもツバキと年は、4つしか違わない。アキノは10歳の時に、帝都に奉公に出た。そして奉公先で紹介してもらって電話交換手になったのだ。椿はアキノの伝手で電話交換手を紹介されたのだ。
「アキノ姉さん!!」
赤の矢絣の着物に緑の袴。茶色のシューズを履いたアキノは、ハイカラでとても素敵だった。
(帝都ではこんな姿なのね。素敵だわ~)
田舎では椿と変わらない姿のアキノだった。しかし帝都ではこんなにあか抜けた姿になるのかと、ツバキは惚れ惚れしてまった。
自分が着ているのは古びた着物。帝都では洋装や袴姿の女性が多く、着物を着ている人は少なかった。
「椿~。こっちよ。長旅ご苦労様!」
椿はアキノに笑顔を向けた。
「祝言を上げたのでしょう? おめでとう!!」
「ありがとう」
アキノは、少し照れたように笑った。
「旦那様は素敵な方だと聞いたわ」
「ええ。カフェーをしているの。今度、招待するわ」
「カフェー? わかったわ」
正直カフェーというものが何かはわからなかった。だが、アキノの顔が明るくなったので椿は嬉しくなった。
椿の村ではほとんどないが、アキノは噂の恋愛結婚というものらしい。
そもそも椿がここに来たのは、結婚するアキノの代わりとして働くためだった。
(アキノ姉さんお見合い以外で結婚するなんて……全く想像ができないわ)
アキノは椿の手を引きながら申し訳なさそうに言った。
「疲れてるだろうけど、このまま所長のところに行くわ」
「所長? わかったわ」
アキノに手を引かれて二人は歩き出した。初めて見る帝都は人も大勢いて、高い建物があり、見たこともないものばかりだった。
「椿、こっちよ」
「うん」
しばらく歩いてアキノは「ここよ」と言って
(これは……石かしら? 随分と腕のいい石工がいるのね……)
そして椿は、アキノと共に建物の中に入っていった。
(建物の中にこんなに大きな階段がある!! 凄いわ)
椿は内心感動していたが、表情は顔に出ないため、アキノは淡々と進み2階奥の重厚な扉の前で止まり、トントンと扉を叩いた。
「所長、アキノです」
「ああ、入ってくれ」
「はい」
椿はアキノの後に続いて中に入っていった。扉を開けると、メガネをかけた洋装の男性がこちらを見ていた。
「所長。失礼します。ご紹介致します。姪の椿です」
「椿と申します。この度はお世話になります」
「ほぉ~。さすがは、アキノ君の紹介だ。すでに敬語も使えるのだな」
「ありがとうございます」
「ふむ。言葉の節も問題ない。むしろすでに働いている者たちよりも良いかもしれないな」
所長が嬉しそうに笑っていたが、隣にいるアキノも嬉しそうだった。彼女と目が合うと、片目をつぶる西洋のあいさつをされた。椿も練習したのだが習得できなかったのだ。
とても喜んでいた所長が何かの書類を見ながら手を顎につけた。
「確か君たちは山中村の出身だと言っていたよな?」
「そうですが」
アキノが答えると、所長が機嫌良さそうに言った。
「これならば、あの方に恩は売れるな」
「どうしたのですか? 所長」
「椿君と言ったか、君にここ仕事とは別の仕事を頼みたい」
「別の?」
「別?」
所長の言葉に、椿とアキノの声が重なった。どうやら、ツバキだけではなくアキノも初めて聞いた話だったらしい。アキノが困惑気味に所長の顔を見た。
「あの、所長それは一体どういうことですか?」
その瞬間、ドンドンと音が聞こえたかと思うと、突然扉が開いた。
入ってきたのは、椿より少し年上だと思われる男性だった。
背が高く、髪の毛は後ろに流されていた。今日は多くの洋装姿の男性を見たが、この男性の洋装はこれまで見たどの男性とも違う。物の価値がよくわからない椿にさえ高級品とわかるような物を全身に纏っていた。一目で、椿とは住む世界が違うことを理解した。
「失礼する。所長。見つかったか?」
「見つかりました。この者です」
所長は頭を下げると、男性は怪訝な顔をした。
「こんな女で大丈夫なのか?」
「はい。先程確認しましたが、問題ありませんでした」
「そうか……」
男性は所長と話をした後、私の方を向いた。
「おい。名前は」
「椿と申します」
「敬語も使えるようだな」
そういうと扉の方に歩き出した。椿とアキノが立ち尽くしていると男性が眉を寄せた。
「何をしている。ついて来い」
「え?」
「待って下さい。どういうことですか?」
男性の言動にアキノが困惑して声を上げると、所長が大きな声を上げた。
「お待ち下さい。この者は先程ここに着いたばかりで、まだ説明しておりません」
男性は、椿を見て無表情に言い放った。
「かまわん。私が説明する。椿と言ったか?」
「はい」
「荷物はそれだけか?」
「はい」
「では、ついて来い」
椿は、男性を正面から見据えて声をかけた。
「私は、あなたについて行っても大丈夫なのでしょうか? どこかに売られたりしませんか?」
「君、何を失礼な……その方は」
所長は慌てているようだが、男性の口角がわずかに上がった気がした。
(今……笑った?)
「椿と言ったか? 本当に危険な状況でその質問は無意味だと覚えておけ」
男性が鋭い目つきで椿を見ながら言った。
「だが……俺の言うことに首をふるだけの人形のような女には興味はない。そこは評価に値する。疑問があれば聞け」
「はい」
「そして先ほどの答えだが……私は女を売るような仕事はしていない。だから安心してついて来い」
(よくわからないけど、私はこの人について行くことが決まってるみたいね……)
極論を言えば、椿は仕事があり、生きて行ければ恩の字だった。この男性が雇ってくれるというのならそれで構わないと思っていた。
(いざとなったら、気絶させて逃げよう)
それまで唖然としていたアキノが慌てて所長を見ながら言った。
「所長、椿は本当に大丈夫なのですね?」
「もちろんです。成孝様は大変公平な方です。椿さんが不当に扱われる心配はありません。むしろここよりもずっと条件はいいはずです」
(成孝様? この方は成孝様とおしゃるのね)
椿は扉まで来ると、振り返り所長とアキノに頭を下げた。
「いってきます。それでは失礼致します」
廊下に出ると男性は長い足でスタスタと歩き出した。
「そこそこ使えそうだな」
男性の声はとても小さかったが、地獄耳の椿にはしっかりと聞こえた。
(そこそこ使えそうか……使ってくれる気があるのなら大丈夫そうね……)
椿は成孝の後を黙ってついて行ったのだった。
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