味オンチ殺しの進学校

ちびまるフォイ

注射針で味わうグルメ

「はぁ……お腹いたい……」


胃腸薬と整腸剤は常に2つストックしている。

学校へ行くのに持ち歩いているのは自分だけだろう。


そして今日はなによりあの授業がある。


「ではみなさん。1時間目のグルメの小テストを始めます」


全員の机には食事が並べられる。

ナイフで切ってフォークで口に運ぶ。


美味しい。




……それしか思いつかない。


「ポワレのソワレ具合が絶妙だね」

「ソースに使っているジュレがいい」

「隠し味にコーヒーが入っているんだ」


みんな思い思いの感想により食事の分解と解析を舌で行う。


隠し味って隠しているから隠し味なのであって

バレるのであればそれは隠し味じゃないんじゃないか。


などと心のなかで文句を言っているうちに、

小テストは終了し「おいしい」しか書けなかった自分はもれなく赤点追試となった。


先生もあきれていた。


「またお前か……」


「すみません……」


「普通に考えて味くらいわかるだろ。

 なんでそれが書けない? 理解できない」


「僕からすればみんなみたいに味について語れるのがわからないんです」


「え、じゃあお前常にゴム食ってる認識なの?」


「いえそうでは……。美味しいで頭がいっぱいになるだけです」


「味バカすぎるだろ……。

 お前は他の成績はバツグンにいい。

 なのにどうしてグルメ教科だけ悪いんだ」


「そう言われても……」


「たったひとつでも赤点があると、進級はできない。

 学校としても優秀な生徒として売り出せない。

 いいか、次の期末で赤点とったら何らかこじつけて退学させるからな」


「ひどすぎませんか!」


「できそこないを抱えるほど、うちの学校は優しくないんだ」


ストレスでまた胃腸薬と整腸剤が減ることになるだろう。


毎回グルメ赤点を取り続けたことにより、

すっかり学校にとどまれるかの崖っぷちに追い込まれた。


しかし、味オンチが数日でどうこうなるわけもない。


いろんなものを食べて舌を鍛えようなどと思っても、

食べたところで「美味しい」or「すごく美味しい」だけなので無意味。


もはや自分の道は退学に向けてのレールが見え始めていた。


「みんなどうやって味を見極めてるんだ……」


何をもって美味しいのか。

なにがどうなれば美味しくなるのか。

同じ材料で美味しい・美味しくないはなぜ起きるのか。


理系に全振りした脳は、退学という窮地に立たされたことでフル回転した。


そして、舌で味わって見極めようなどという

アナログ極まりない手法との決別をした。


「ええい、味なんてどうせわかんねぇ!

 だったら科学的に美味しいかそうでないか分析してやる!!!」


それからはグルメではなく、食事の解析へとベクトルを変えた。


食事に含まれている成分、組み合わせ、加熱具合。

どれだけビタミンが残っていてどうなっているのか。


食事にはナイフとフォークではなく、

注射器と成分検査キットを持ち込んで徹底的な分析を行った。


いくばくかのときが過ぎて、ついに研究は花をひらいた。


「み、見えたぞ! これが美味しいってことか!!」


ついに美味しいの方程式を見つけた。


食事に含有される栄養素や分子配列が、

自分の研究した方程式に合致すれば美味しいもの。

そうでなければ美味しくない。


どんなに自分が味オンチであっても、

これさえあれば美味しくてどんなものかが解析できる。


「ギリギリ、明日の期末テストに間に合った……。危なかった」


明日は最後の審判である期末テスト。

ここでしくじるかどうかで今後の人生設計が大きく変わるだろう。


食事の解析用ツールをナイフとフォークに偽装してから、

明日の学校カバンの中に仕込んだ。


翌日。


「では、期末グルメテストを始める」


ランチョンマットを敷いた学生机に、

期末のグルメが給仕されていく。


「期末テストはじめ!」


開始と同時に全員がナイフとフォークを持った。

自分も持って食事に文字通り切り込んだ。


「これは……」


解析結果がナイフとフォークから伝達される。

それをもとに解答用紙に記入した。

ぜったいに正答している自信ががあった。



試験終了後。



『1年A組〇〇さん。職員室まで来てください』



「え゛……」


嫌な予感がした。

呼び出しされる時点でいいことではない気がする。


おそるおそる職員室に向かうと、

案の定、顔を紅潮させている担任が仁王立ちで待っていた。


「あの先生……。なにか……ありました?」


「わかってるよな?」


「ま、まさか今回も赤点……!?」


「いや逆だ。お前の今回の期末は満点だ」


「ほっ。よかった。これで退学は免れたんですね」


「問題はそこじゃない」


「え?」



「お前が期末グルメに手を付けなかったことを、先生は怒ってるんだ!!」



「えええ!?」


「いいか、このグルメという授業はだなーー」


「先生聞いて下さい。あの食事ですが」



「いいや話を聞くのはお前の方だ。

 このグルメという科目は食育も兼ねている。

 調理された食事に手を付けないというのは

 もっともやってはいけない大罪なんだ!」


「事情があるんです!」


「ダメだ! 食べきれずに残すならまだしも、

 そもそも食べることすら拒むなんて言語道断!

 写真だけ取って飯を食べないのと同じ蛮行だ!」


あの教室で自分だけがグルメを解析していた。

だからこそ自分だけが気づけていたものがある。


「だから……」


「だからじゃない!

 たとえお前がどんなに良い点数を取ったとしても、

 食事を食べないことは絶対に許さん!」


聞く耳をもっちゃいなかった。

もうこれしかないと思い、ナイフとフォークを差し出した。


「なんだ? これは?」


「食事の解析ツールです。食器に偽装してますが」


「す、すごい……食べ物に含まれている内容を分析できるのか!

 お前、学生でよくこんなものを作れたな……!」


「味オンチなりの努力の方法があるんです」


「って、いやいや。流されそうになったがダメだ。

 期末テストにこんなものを持ち込むなんて!

 これはカンニングと同じじゃないか!!」


「もうそれでいいです」


「ずいぶんあっさりと……。

 というか、なんでそもそもこれをバラしたんだ?

 さっきまで隠せていたじゃないか」


「先生、僕だけなんですよ。あの教室で食事を解析したのは」


「だろうな。みんなお前と違って舌が優秀だ。

 ちゃんと味わって解答用紙を埋めていた」


あの教室で自分だけが気づいた違和感。

それを先生に話すしかなかった。


「解析したから手をつけなかったんです。だってほらーー」


解析結果を見せようとしたときだった。

案の定、担任のお腹からグルグルゴロゴロと雷鳴のような音が鳴り始める。


「おいまさか、お前が手をつけなかった理由って……」


「僕も食べ物ならいくらでも食べますよ。

 でも食べられないものは、手を付けなくて当然でしょう」


「ウイルスがあったなら、最初からそう言えっ……はぅ!!!」


みるみる担任の顔が青ざめていく。

すでにトイレは長蛇の列ができていることだろう。


「ところで先生」


「なんだ!! 今それどころじゃない!!!」


あぶら汗をかきはじめた担任に、悪魔のような顔で笑いかけた。



「この器材を黙ってくれれば、

 ちょうどここに胃腸薬と整腸剤があるんですが、いかがでしょう?」



その日を境に、担任の先生は僕を呼び出すことはなくなった。

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