塩と砂糖8

「なあ、ソルト」

「んー?」

「なんなんだ、フォックス家って」

「あー」


 店の裏に行く道すがら、俺はソルトにレイの言っていた家名について問い質した。裏口にある部屋のドアノブに手をかけていたソルトが振り向く。

 そうしてにんまりと笑った後、指で狐の形を作って見せた。


「狐」

「……女騎士と関係あるのか?」

「そ。コイツはフォックス家の女。代々騎士として鳥に仕える家の1つ」

「待て。狐はあの男なんじゃ……」

「ここにいる女の父親だよ、あの男は」


 あっさりと述べられた真実に、俺は目を見開く。父親。だが、あいつは死ぬ間際、殺すなら女騎士の方が良いと言っていた。売った? 娘を? あんなにも容易く?


「そんな都合よく女騎士の入るところなんて見るわけないだろ。あの男は自分の命惜しさに娘を売ったんだよ。よくある話だ」

「そんな……此処じゃあるまいし」

「親なんて何処も同じもんだ。箱でも空でも変わらねぇよ。それに、女が騎士ってのもお飾りだろうな。こういう時に売れるように騎士に据えただけだ。女騎士ってだけで高値で取引される。鍛えられた丈夫な身体なら余計に」

「……」


 俺は親を知らない。ソルトは知っているんだろうか。知らないから、何も言えなかった。家族。俺にとってはソルトが相棒であり家族のようなものだが、その女は、あの男はどうだったのだろう。


「長話は終いだ。開けるぞ」

「ああ。……どっちが出る?」

「お前は女も殺しも苦手だろ。俺が出る」


 ソルトが銃を構えながら扉を開けた。薄暗い部屋の中を照らしているのは、中心に照らされた小さな電球。辺りには湿った空気と、押し込められた縄や食事の皿、捕縛用の檻などが転がっている。

 その真ん中。丁度吊るされた電球の真下に、椅子に座らされた状態の女がいた。身体は縄で椅子に縛りつけられており、口には猿轡を噛ませられている。手は後ろに縄で纏められ、足も同様に縛られていた。格好は鎧は剥ぎ取られ、中のアンダーシャツのみとなっている。武器も取り上げられたようだ。


 ソルトが慎重に近付いて、俺はそれに続く。女は気を失っているらしい。瞼を伏せて力無く椅子に凭れ掛かっている。長い赤髪。特徴に間違いはない。


「寝てる間に袋に詰める」


 ソルトの言葉に従うように、俺は落ちている麻袋を手に取った。その間にソルトが縄を解き、椅子から女を引き剥がす。猿轡を口から外した、その時だった。


「っぐ……!?」

「大義と共にあらん事を!」


 気を失っていた筈の女が叫び、縛られている両足でソルトの顎を蹴った。その反動で椅子から女が転げ落ちる。縄で縛られた手足を懸命に動かし、部屋から這って出ようとしていた。ソルトを見ると脳震盪を起こしたのか、頭を抱えて歯を食い縛っていた。


「油断した、クソ、クソアマ!」

「誰がクソか!貴様らの方が下品で下劣で里が知れる!」

「シュガー、女を袋に詰めろ!」

「一度でも触れたら命は無いと思え!」


 女が俺に向かって叫んだ。青い瞳をしている。顔立ちをよく見ると、確かに端正ではあるが、あの男の面影がある。


「俺達はお前を助けに来たんだ」


 俺は麻袋を構えながら、ソルトに目配せする。ソルトは痛そうに顔を顰めながら、静かに頷いた。


「そのような言葉、信じられるものか……! 箱は痴れ者の集まりだと聞いている、あのカマ男もそうだった、情報屋と聞いたから来てみればこの仕打ちだ。秩序など毛ほどもない」


 女が呻く様に言う。


「それは違うぜ、お嬢さん。いや騎士様かな」


 ソルトが立ち上がりながら言った。俺は取り敢えず麻袋を女に被せて、その場から離れた。生きている絹のような肌にぞわりと悪寒がする。長い髪は綺麗に手入れされていて、更に嫌悪感を増長させた。俺は女性が苦手だ。


「見たところ18そこそこ……成人したばかりか?」

「だからなんだ、武器さえあれば貴様らなど」

「そう怒るなって。お父上が泣くぜ?」

「我が父は誇り高きフォックス家の当主! 貴様らには関係ない!」

「あるんだなー、それが。なあ、シュガー?」

「あ、ああ。フォックス家のご当主になら今日会った。地に来て君のことを心配していたよ」

「そーそー。箱に行かせられた娘が心配だって。何かを探してるって言ってたな。なんだったかな。この街は秘密主義だ。詮索はしないモンでね。」

「……父上が……? 本当に?」

「本当本当。だから情報屋に根回しをしておいて、君を保護するように頼んどいたんだよ。俺達にだって、娘を心配する親の気持ちを想う心くらいはあるんだぜ?」


 よく言う、と内心感心した。否、呆れた。完全に回復したソルトが麻袋の中に女を詰め込む。子供と言うのは幾つになっても親には弱いらしい。愛されたい、愛されたかもしれない、そんな期待がこの女の瞳には宿っていた。


「だからさ、ちょっと手荒だけど一緒に行こうぜ。俺達のアジトにお父上はいるからさ」

「本当に、父上が、こんなところにまで?」

「……」


 ソルトは嘘は言っていない。この女も嘘を見抜くのには長けているのだろう。大人しく麻袋に収まった。袋の口をしっかり締めて、ソルトが担ぎ上げる。


「アジトに行ったら、ゆっくり話をしようぜ。なあ、騎士サマ」

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