塩と砂糖7
殺して欲しい。小さなバーのカウンターで交わされる命の取引。後ろを振り向くとソルトがレイへと鋭い眼光を向けていた。鋭い眼光とは言っても、その瞳に光は差していない。濁った赤色。
「穏やかじゃねえな。斡旋屋も介さない殺しってのは」
「あら、やっと喋ったわね。ソルトくん」
「俺の仕事に変わりそうだから口出してるんだよ。口を慎め、バーテンカマ野郎」
「アンタこそ口を慎みな、長い付き合いの上で言わせて貰うが、話が通じるのはシュガーくんの方よ」
「いや、俺は……」
「シュガーは俺の相棒だ。人を殺すには向かねえ。こいつはみなしごから上がるので精一杯だ。だから俺の相棒にしてるんだよ」
「殺し屋風情が、執着するじゃない。情報は欲しくないの?」
「ソルト、殺しの手筈はお前に任せる。今は黙ってろ」
まずい。レイがソルトに牽制をかけているが、ソルトはキレると容易く人を殺す。だからこそ殺し屋として恐れられているのだが。
案の定、ソルトが銃を出した。俺は慌てて銃口に手を添える。
「あらァ、何マジになってるの? こわァい。」
「うるせえよカマ野郎。とっとと情報寄越せ」
「落ち着けソルト。話は俺がする」
「ああ? シュガー、てめえに命のやり取りができるのかよ」
「殺しの仕事の仲介はいつも俺がしてるだろ。いつもと同じだ。変わらない」
「甘ちゃんだな。相手は斡旋屋じゃなくて直接俺達に話を持ちかけてる。それだけでも充分ルール違反なんだよ」
「知ってる。だからそれも含めてこれから話を聞くんだろ。頭冷やせ」
「チッ……面白くねえ」
ソルトは斡旋屋に恩がある。初めてソルトに仕事を斡旋した恩、まだ殺し屋として実力不足だった頃に指導して貰った恩。この街でも、恩というものは時に利益を上回る。そもそも、殺しの依頼はリスクが付き纏う。斡旋屋の後ろ盾が無ければ心許ないというのもあるのだが。
それでも、いくらソルトでも俺の頼みは断れなかったようだ。バーのカウンターで人目もある。一先ずは大人しく銃をしまったのを見て、俺はレイに視線を戻す。
「話はついた。続けてくれ。」
「猛犬を飼うと大変ねえ。いいわ、宥めてくれたお礼に教えてあげる」
「……すまない、いつもはこんなんじゃないんだが」
「知ってるわよォ、長い付き合いじゃない。斡旋屋に入れ込んでるものねェ、彼」
「……別に入れ込んでなんかいない、この街のルールだからだ」
「そうね、ルールは大事ね。……それが壊れるとしたら?」
「壊れる?」
俺は訝しく思って聞いた。目の前にカクテルが2つ置かれる。エメラルド・クーラー。ジンをベースにしたミントとソーダのカクテルだったか。
「サービスよ。2人とも飲んで」
「……ケッ、皮肉かよ」
「皮肉?」
「あらァ、ソルトくんは博識なのねェ」
「バカにすんな。そっちの鈍感野郎と違って知識は入れてる」
「今度バーテンしてみる? お給金は弾むわよォ!」
「るっせ。いいから続けろ」
ソルトが飴を咥えながら毒づく。
「何から話そうかしらね。……ピンポイントに彼女の事を聞いてきたって事は、狐に会ったのかしら」
狐。またその単語か、と思考を巡らせる。確かソルトも似たようなことを言っていた。狐。あのソルトが殺した空の人間か? 俺達に情報を与えてきた人物と言えばそれしか考えられない。
「フォックス家」
ソルトが言った。レイは笑みを深める。
「正解よ。そう、じゃあ彼女が何を狙ってここに来たのか教えてあげる」
「……何かを探してる、そう言ってたな」
「それはソルトくんのことよ」
場に緊張が走った。カクテルグラスの縁を指先でなぞっていたソルトの手が止まる。
「俺?」
「アルビノ。殺し屋。この街で有名な権威者の1人。当てはまるのは1人しかいないわ」
俺達は互いに視線を交わす。レイは俺達の容姿の入れ替わりを知らない。だとしたら、話を聞く限り、真に狙っているのは──。
「なんで俺なんだ?」
ソルトが口火を切った。カクテルグラスの淵にまぶしてあった粉砂糖を舐めている。
「さあ。そこまでは知らない。けどね、この街の名目上の治安はソルトくんが束ねていると言っても過言じゃないわ。強い人間は権威の象徴。そのアナタがいなくなったら、この街はどうなると思う?」
「……抑止力を失ってやりたい放題、か。」
「ケッ。ただの殺し屋にそんな力はねえよ。」
「ただの殺し屋ならね。アナタにはシュガーくんもいる。アナタ達2人が揃ってこの街の顔の1つなのよ」
「で? 女の居場所は?」
「……この店の裏。アタシが情報を聞き出して監禁してあるわ。持ち帰って処理して頂戴。」
「用意のいいこと。」
まるで、俺達が来るのを予期していたかのように。は、と気付いた。違和感。俺はレイに問いかける。
「……あんたは俺達が来ると踏んでいたのか?」
「知らなくていいこともあるわ。情報屋の情報は伊達じゃないのよ」
レイが空のグラスを拭き始めた。話は終わり、という事らしい。俺はカクテルを飲み干し、唇に附着した粉砂糖を舐めた。そうしてソルトを促して立ち上がる。
「さっさと絞めるか。」
「お前が狙われてるなら早い方が良い」
「どう殺す? つか情報屋、殺しの給金も出せよ。この俺様直々に手を下してやるんだから」
「あらァ。窮地を救ったのじゃダメ?」
「ダメ」
「……あたしのキッスでどうかしら?」
「勝手にやってろ、後で請求書出す」
ソルトが口に咥えていた棒付きキャンディをレイの口に突っ込んだ。レイは顔を赤らめて、艶めかしくキャンディを舐める。
「ンふっ……女は店の奥から行ける裏の部屋にいるわ。麻袋も置いてあるから使って頂戴。ダ・イ・タ・ン♡」
「へいへい」
「あと、これは持論だけれどね」
「……?」
「狐は化かすものよ。気を付けな」
俺達はレイの言葉の真意を知ることなく、店の奥へ向かう。その言葉を後から理解する事になるとは、その時は知らなかった。
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