塩と砂糖5

 シャワーを浴び終えると、ソルトがソファに寝転がってトランプを弄っていた。そばに据えられた机にトランプを並べて、立てて遊んでいる。トランプタワーと呼ぶのだったか。


「揺らすぞ」


 短く言い放って自立式の鏡を置くと、些細な振動でタワーは一気に崩れた。残念そうにソルトが声を上げる。


「折角完成間近だったのに」

「相棒が死体処理をしてる横でよくそんな事が出来るな」

「……お前さあ……またすんの? ソレ。」


 ソルトが俺の手元を指差す。俺の手には一時的に髪を染めるスプレーと、琥珀色のカラーコンタクト。この容姿を隠す為にするのだ。


「当たり前だろ。目立つ」

「俺はどうなんだよ。……あ、俺もそろそろブリーチしねえと。プリンになってきた」

「お前の目の色もカラコンだろ。何がいいんだが、アルビノなんて」

「シュガーくんはわかってませんね」


 ソルトがにんまりと笑った。そしていつものセリフを吐く。


「俺は鳥を絶滅させたいんだ」


 その言葉は重く俺の心に響いた。いつものセリフ。ソルトはいつも、俺にそう語って聞かせる。


「聞けば鳥の人間は代々アルビノらしいじゃねえか。擬態したら忍び込み易い」

「……今からしてどうする。この箱で」

「初めてお前見た時にビビッときたんだよ。これしかないって」

「これしかない?」

「鳥の人間に憧れるならその真似事から始めりゃいい。真似ってのはそいつに近づく最も有効な手段だ」

「俺を見た時に鳥だとは思わなかったのか」

「思った。けど、いくら記憶喪失とはいえ、鳥の人間が丸腰で箱に来るとは思えなかった。だから相棒にしたんだよ」


 ソルトが出会った時のことを語り出す。俺はカラーコンタクトを瞳に入れながら、過去を回想していた。赤い瞳が琥珀色に染まる。


 ***


 俺には過去の記憶がない。気付けば箱にいて、ソルトの前に立っていた。その時のソルトは黒髪に色素の薄いべっこう飴のような瞳をしていて、俺を見て驚いていた。まだ二人とも子供だった頃の記憶。


「お前、目え真っ赤っか!鳥みたい」

「鳥?」

「知らねえことないだろ。何処から来た?名前は?」

「……」


 答えられない。何も覚えていない。どうして自分が此処にいて、此処が何処で、目の前の少年が誰で何者なのかも。


「俺、今日漸くみなしごから上がったんだ。家も飯を調達する権利も手に入れた」

「みなしご?」

「お前、もしかして記憶喪失?人を殺せない腑抜け共のこと!俺は最年少だって。みなしごは家も職も与えられないけど、俺はちゃんと殺し屋の仕事斡旋されたよ」


 何も分からない俺に、黒髪の少年は笑う。


「だからさ、俺と一緒に行こうぜ。俺がソルト、お前がシュガーな!」

「シュガー?」

「どっちも白いだろ。俺もお前と同じカタチになるから。それに──」


 ***


「砂糖は中毒性があるんだぜ?」


 記憶の幼い声と重なるように、今目の前のソルトが言った。大人びた低い声。あの頃とは違う。

 あの頃は子供2人という事もあって、信用なんてあってないようなものだった。職があるとは言っても、経験のある人間相手には適わない。何度怪我をしたソルトを手当し、闇医者に連れていったかわからない。今でこそ殺しの為の道具も、変装の為の道具も買えているが、殺しの道具は殺した人間から奪って貯蓄することが多かった。


 親もいない。家族もいない。いるのは互いに1人だけ。俺の容姿を見て鳥の人間だと誤解した奴もいた。殺されそうになる度にソルトがそいつを殺した。そうして殺しの経験を積み上げ──俺達は殺し屋としての実績も経験も、地位も手に入れた。


「まあた過去のこと思い出してるんだろ」

「なあ」

「ん?」

「……お前は、みなしごから上がる時に誰を殺したんだ?」


 白い髪にヘアカラースプレーをかける。ソルトの赤い瞳が大きく見開かれた。その後、誤魔化すように視線を逸らされる。


「……さあ。もう忘れた」

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