塩と砂糖2
浴室へと足を踏み入れると、噎せ返る血の匂いが充満していた。その正体は浴槽の中に転がった血まみれの男。足、腕、人体を動かす様々な部位を無様に切り裂かれ、力無く浴槽に横たわっている。流れ出た夥しい血が、浴槽の穴に吸い込まれていく。ゆっくり、ゆっくりと、地を這う蛭の様に。
「これか?ソルト」
背後に着いてきた男に視線を投げると、そいつはにんまりと笑った。そうしてナイフを取り出す。切り刻むつもりなのだ、ここから更に。流れ出る血が致死量に達するまで。
「……ま、待ってくれ、待てよ……。」
浴槽から呻き声がした。気を失ってるのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。なかなか体は頑丈なのか、単にメンタルが強いだけか。この状況で諦めがつかない生への執着には半ば尊敬の念を抱く。
「お、俺は、地の人間だぞ!鳥でも空でもない!俺一人を殺してもお前らにはなんの得もない!警察には黙っててやるから見逃して──ひっ」
ソルトが前に出て、ナイフを男の首元に当てた。
「知ってんだよ、そんな事は。それに俺らは別に、みなしごじゃない。なあ?シュガー。」
「……無意味な殺人だと自分で言ったな。」
みなしご。箱(ボックス)と呼ばれる貧困の街。このデカいスラム街の中で、密かに決まっている制度。この世界は箱、地、空、鳥の順に位が決まっており、鳥が1番上──つまりこの国を統治する王家にあたる。空は領主や貴族などの上流階級、地は一般庶民と呼ばれるもの。そして箱はその何処にも属せなかった、一番位の低い寄せ集め。掃き溜めのような場所。
みなしごとは、箱の中で生きる為に作られた呼び名だ。こう呼ばれる者は此処で雨風を凌いで生きていけない。箱に生まれ落ちた瞬間にその名は纏わりつき、資格を得るまで箱の中で人間として扱われることはない。
その資格とは、──人を殺すこと。箱の人間は5人、地の人間は3人、空の人間は2人。そして1番上に君臨する鳥の人間は1人。そのどれかをクリアすれば箱の中で人として生きていける。
最も、最上級に値する鳥の人間に辿り着くには厳重なセキュリティをくぐり抜け、鳥の命を守る為に訓練された騎士を退け、予め絞っておいた1人を殺すことになる。現実的じゃない。挑んだ者は誰もいない。大抵は箱の人間を5人殺すか、地の人間を3人狙う。空でさえ難易度は箱と地よりも格段に上がる。
どうやらこの男は俺達がみなしごだと思って抵抗と説得を試みたらしい。アパートに居を構えている事で察しの良い人間は察するが、この男は察しが悪い側だったようだ。
「じゃ、じゃあ何故俺を殺す?殺す理由なんかないだろ!?」
「元気だなー、お前。殺したいなと思って地まで出かけた時にお前が目に付いたから。以上。」
「利益もないのに殺すのか?」
「それが俺だから。悪いな。お前の寿命は今日までだったって話」
「く、狂ってる」
男が言った。声が震えている。瞳孔も定まっていない。恐怖の表れだ。なんだか哀れに思えてくる。
「ソルト。やるならさっさとしろ。面倒だ」
「ごめんなー、うちの相棒が急かすもんだから、お前の寿命縮んじまったわ。恨むならコッチにしてな。」
「胸糞悪い言い方をするな」
「ま、待ってくれ!!!」
文句を垂れると、男が一際大きく叫んだ。2人して呆気に取られる。未だ命乞いをするのか。するか、確かに。命は大事だ。
しかし男から出た言葉は、予想と反するものだった。
「殺したいならもっと適任がいる」
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