箱
クソザコナメクジ
塩と砂糖
煌びやかな装飾がされた部屋に、俺は一人立っている。否、正確には寝かされている、が正しいか。幼い身体、──そう、幼い。手も足も腕も何もかもが小さい。──には不釣合いな寝台を与えられて、熱っぽい息苦しさと共に呼吸をしている。部屋中に充満するのは甘ったるい匂い。
「俺は狐を取り込んだのさ」
何処からか声がした。懐かしい。聞き慣れた声。助けを求めるように藻掻く、くるしい。首だ。首を絞められている。首元に手をやると骨ばった細い指とかち合った。それは成人のそれと同じもので、相手が大人だとわかる。意識が眩む。視界が歪む。
次に降ってきたのは──。
「狐を取り込むとどうなると思う?なあ、シュガー。」
俺を現実に引き戻す名を呼ぶ声だった。降ってきた声に視線をやると、血のように赤い瞳と視線が合う。首へと加えられていた力はこいつのものらしい、白銀の髪を揺らして、わざとらしく首を傾けている。
にこやかな表情とは裏腹に、その瞳の奥に映す色は血の色以外の何物でもない。
先程まで寝台に寝かされていたと錯覚していたが、何の事は無い、ただソファでうたた寝していただけらしい。現実ではアスファルトの剥き出しになった狭いアパートの一室に俺は寝ていた。埃っぽいスラム街の空気を存分に含んだ部屋。夢とは違う光景に戸惑いながらも、緩められた手に安堵して、溜息を吐く。
「趣味の悪い冗談はやめろ。……ソルト」
「魘されてたから起こしてやったんだよ。感謝して欲しいね。それで、あー、狐の話。俺は狐を取り込んだ。殺したんじゃなく。」
相変わらずこいつは何を言っているのかわからない。眉を寄せながら身を起こすと、俺の腹部に陣取っていたそいつはいとも容易くその場から退いた。ソファに座り直し、自身の髪に触れる。ソルトと同じ色の髪の色。俺の瞳もまた、こいつと同じ色をしている。血を浮かべたような鮮烈な赤。
気怠さと共に半ば自業自得の頭痛が襲ってきた。首を絞められていたのもあるのかも知れない。血液の循環。それだけでも人は容易く壊れる。容姿も、心も、全て。全てが崩壊する瞬間というのはどんなものだろうか。考えてはやめ、目の前の男に目をやった。
ソルトの顔をよく見ると、乾いた血が鼻の辺りに附着していた。血飛沫を浴びたような色。
「……またか」
このまたか、は、また殺したのかの意だ。告げられた本人は上機嫌に鼻歌を歌いながら頷く。勘弁して欲しい、と考えたところで、はた、と気が付いた。死体は。
「風呂場に持ってった。半殺しにしてあるからお前が起きたらシメようと思って。よろしくお願いしますね、後処理のプロさん」
容易く命を奪う男の申し出に、俺は溜息をついた。
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