〜過去編ボーイスカウト❷〜

マリンはそうして再び思い出した。

 

あの時の事を。

 

マリンが何でも無い時間に起き上がって甲板に出た時の事、るしあの目が背後で赤く開いていく。マリンはそれに気がつかずに甲板に出た。

 

晴天になっていた。星空が今日も美しく輝いて見える。北極星の位置を確認して、次いで季節の星座が天球のどの方角に有るのかを見る。

(あ、るしあの顔に見える…)

 

疲れているのか、其れとも一際輝いて見えるのは、るしあへの愛だからだろうか。

確かに、るしあの顔の星座が見える様に瞼を細めて所々星の光を細めているマリンは、その睫毛の艶やかさもあってか、とても憔悴して居る様に見える。

 

一味「船長、こんな時間にどうしたんですか。夜風に当たり過ぎると体に障りますよ。」

優しく声を掛けてくれる一味の中でも屈強な人物。航海の腕も然ることながら、其の体力もあってかマリンの操舵に着いて来てくれる数少ない信頼できる男。其の男がこんな夜更けに一人でマリンの体の心配をして居る。

マリンは思わず自分の体の心配をした。

 

自分の腕で自分の身体を抱く様に身を縮こまらせる船長は、やはり、未だに海賊というには程遠い存在だった。ただ、華奢と言うには少々ケツが大き過ぎるのも抱くのに過ぎる案件か。

マリンは一瞬そういう風に自身の貞操の心配をすると、直後から図々しくなったのか、男にこう言った。

「おいこら!るしあは起こしてないだろうな。」

 

其の一瞬の写り身の早さも又、女性の特徴だった。

「アイ!勿論ですよ。」

マリンの人物として優れた所に感銘を受けた船員達は、いつもこうして一際飛んで行く声を出す。

 

マ「そう。其れなら問題は無いけど…」

こうして時折声を押し殺す船長も又、船員達にとって、其の人気の秘訣だった。

 

すると、上空から声が掛けられた。

「三時の方角、一船の巨大な船が見えます。」

 

マ「何?どれどれ?」

望遠鏡で覗くと、10㎞先に確かにマリンの船の倍はあろうかというガレオン船が在った。

「どこの素人船だ。」

 

マリンは、夜間まで航海をしていた一隻の船に好奇心を示し、朝まで暫し様子を見る事にした。

 

この船に備え付けの固定の望遠鏡を使い、二重で望遠し覗いていると、其処には、可愛らしい二人の生き物が目に付いた。

 

一人目は、蛸の様な黒い触手を背中から生やしている童顔の暗い色を基調とした女性。

二人目は、よく海に飛び込んでは渦巻きや竜巻を発生させ、其の都度一人目の女性と言い争いになって居る白髪で小柄なサメの洋服が良く似合う娘だった。

其処にもう一人、物置の陰から出て来たのは金髪でプニプニとした肉付きが特徴のこれ又小柄な女性。

金髪の女性は、白髪の娘が起こしている竜巻や渦巻きと其の中心で何て事なく居座って居る其の娘の姿を見て笑っていた。

 

暫く観察して居ると、ピンク髮の背中に鎌を背負っている長身の女性に、何の変哲も無いオレンジ髪の女性がくっ付きながら、船の内部から出て来た。

ピンク髮の女性は鬱陶しそうにオレンジ髪の女性をあしらっているが、一人足りない事に気付き、当たりを確認する。

そして、白髪の娘が竜巻に乗って海から甲板に上がって来て、ピンク髮の女性を驚かしている。

金髪の女性が何か、竜巻が友達だとか何とか言って、五人とも笑っている。

一頻り笑い終わると、女性達は宙やら海やら方々を見遣っている。

すると、オレンジ髪の女性がこちらに気付いた。

向こうも望遠鏡でこちらを確認する。

ピンク髮の女性が、何を見ているのかオレンジ髪の女性に聞いて居るが、女性は軽く口元を動かしただけで微動だにしない。

其の内、ピンク髮の女性が業を煮やしたのか鎌を持ち上げ、オレンジ髪の女性の喉元に其れを掛け、直ぐに望遠鏡から目を離すよう催促した。

オレンジ髪の女性は慌てながら、ピンク髮の女性に望遠鏡を渡し、ピンク髮の女性が鎌を置いて其れに覗きを入れた瞬間、オレンジ髪の女性は素早く後ろに回ってピンク髮の女性のお尻と胸を触って頬に接吻をしようとしたが、ピンク髮の女性が身を翻して鎌を持って振り回すと避けながら離れて行く。

 

かなり物騒な船だが、其の分余計にマリンの気を引いた。

 

よっし、明日朝に近付くぞ。

 

マリンはそう決めると、向こうも同じ考えらしく、翌日迄掛けずともこちらに寄って来た。

深夜は風が出て無い事が多く、基本的には碇を使って船を止め、就寝の準備に入る。

勿論其れでは、いかんせん退屈過ぎるので、マリンは例の島、元の島によく似た大きさの島だが、これが元の島から一海里しか離れておらず、手漕ぎボートで観光地のトランプやらチェスやらを奪って来た結果、かなり暇が潰せる様になったとか、語る事は最早マリンが海賊である事に尽きる。

だが、海賊とて、風の無い所で帆を張るなど以ての外、しかし意外に向こうのガレオン船から沢山の黒い触手が出て来て、其のまま手漕ぎ板で漕いでいるでは有りませんか。

(不味いな…彼奴らと会敵したら、戦力差が余りに越してしまう戦いになる。不利。かと言って交渉する材料も積荷以外特に無い。)

 

深夜、寝静まった頃に動く物騒な巨大船。其れに比べるとマリンの船は所詮海賊船と言わざるを得ない大きさだった。

 

ザザ、と漕いでいるのか泳いでいるのか分からない滑らかな航行で直ぐに近付いて来る船。

 

マリンはるしあを起こさない様に船員達にゆっくり起きて来る様に指示を出すと望遠鏡から望遠鏡を外し、固定の望遠鏡で近付いて来る大きな船を見ていた。

 

どうやらあの白髪の娘が後ろから推進力を足しているみたいだ。

 

船頭に立った鎌を持った女性を見ると、るしあの父と思しき者から伝え聞いた予言が頭を過る。

「天災が来る日々に、〜〜〜信じるべからず。」

天災…しかし其の徴候は未だこれ以外何の手がかりも無く。

「天に三津夜の〜〜〜を暗闇に落とす。」

暗闇に…今が深夜である事とは関係が無い。

「其の中りを付け、内にて潜む最果ての体躯。」

最果ての体躯–––––先の白髪の少女に少なからず其の思いはあるけど、前船長の言を借りれば、肉体が一箇所に圧縮されてしまう非科学的なお話とは違うみたい。これが引っ掛かった。

「然してご覧じろ。〜〜〜。さめざめ。」

最後のさめざめと言うのが気になった。接尾にするにしろもっと良い謳い文句があった筈だ。なぜ、さめざめなのか、サメの洋服を併せ考えると、ただの感嘆表現の様には思えなくなっていた。

まるで、安っいサメ映画の様に、サメが天から降り頻るとかなのかもしれない。いや、サメと言ってもホオジロザメを降らす位なら、車すら飛ばすだろうし、そんなのが天災だとは思いたく無い。

其処まで考えてマリンはガレオン船が近くまで来ているのに気付いた。

船員達もこっそり揃っている。

「船長、全員揃いました。」

 

其の声に、船長という自覚を持って気を引き締めるマリン。目の前には高速で移動して来た例の団体がいる。

 

「さてと…」

マリンがそう呟くと、鎌を持った女性がこちらの船に跳び乗って来た。

 

ピンク髮の女性・カリオペは着くなりこう言った。

「We are boyscouts.」

 

マ(え?私達はボーイスカウトです?)

 

いきなりの発言に若干慎重になるマリン船長。

マ「何しに来たんだ。」

伝わらないと思えば、直ぐに英語で言直す。

「To what did you go?」

 

其の姿に、おお、と船員から嘆息が漏れる。

 

カリオペ「That's elder English.」

 

ボソッと言われた言葉故に聴き取れなかった。

 

マリンの質問に、最終的にこう返す。

カ「communicate.」

マ(コミュニケーション?え?戦う気は無いのか。)

カ「其れよりも…」

マ(え?同じ言語喋れるの!?)

日本語で喋り始めた。

 

カ「この船下さい。」

 

え?聞き間違いか?こんな深夜に、よりによってより大きく上質な船を持っているのにも関わらず、マリンの船が欲しいって?これは聞き捨てなりませんなあ…

そもそもボーイスカウトって何なんだ。友好的であるのは伝わるけど…

マリンは思わず聞き及んでいた。

「What are boy–scouts 」

 

カ「⁈」

そっち、と言わんばかりの一瞬硬直する様な表情の変動があったが、気を取り直して素直に教えてくれた。

「We are membership that is kind and isn't enemy, for everyone.」

 

其の内容は、端的に言うと今のマリンの状況と真逆だった。

(はぁ?誰にでも優しくする団体?ふざけんな。そんなお伽話の様な訳は信じられるか。)

 

現に今のカリオペは死神の鎌を持っている。護身用とは言え、やり過ぎな格好だった。

それに、今はそんな事に固執している場合じゃ無いと、マリンは自分に言い聞かせた。

マリンは本題を切り出した。

「何故この船が欲し…」

 

カ「Our ship is bigger for us.」

食い気味に、其の手の語尾で威勢を貰う訳にはいかないと、答えた。

 

マ(は?デカ過ぎる?それじゃあ、あの船は自動的にマリンの物になるって事だよなぁ。)

「分かった。それじゃあ、今直ぐとは行かないけれど、船、交換しちゃいますか。」

 

カ「OK」

 

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