第2話

 気付けばジュリに手を引かれていた。

 僕は、ジュリに手を引かれるままに、音楽室に連れていかれた。

 ジュリはとても可愛かった。可憐でどこか大人っぽさを感じさせる見た目だった。

「私、ピアノ好きなんだ。」

 誰もいない夕日が差し込みつつある音楽室に着くと、ジュリはピアノを弾き始めた。

 鍵盤を押すたびに生じる音が、とても繊細で美しく、ずっとこの空間にいれるような気がした。次第に、ピアノの音ではなく鍵盤を押すジュリの白くて細い指を目で追うようになっていた。気が付けば、陽は完全に沈みあたりは真っ暗になっていた。

「どうだった?」

「すごかった、とても綺麗だった。」

 ボソッと答える。淡白な感想だが、これしか言葉が出てこなかった。

「えへへ、ありがとう、優しいんだね君は」

 ジュリの予想外の言葉が恥ずかしく、ジュリの顔を見ることが出来なかった。

 照れくさくなってつい、話題を変える。

「つ、つ、次はどこ行こうか?」

 気まずい空気を一新しようとジュリに提案するもジュリは間髪入れずに、

「こっち来て」

 とピアノ椅子を指さして僕に言った。どうやら僕がピアノを弾く番らしい。

「僕弾いたことなんてないよ」

「いいから、いいから、座って」

 ジュリの言葉に押され椅子に座り、鍵盤にそれっぽく指をかける。

 すると後ろから、柔らかいジュリの身体と吐息が僕に触れ、僕の両手にジュリの両手が覆いかぶさる。

「いくよ?」

「うん」

「力抜いてね?」

「うん」

 僕は全身の力が今すぐにでも入りそうになるのを必死にこらえ、両手をジュリに預けた。ジュリは僕の両手をゆっくりと動かし、多少ぎこちない感じではあったが何かの曲を通して演奏した。

「ほら、弾けた」

 ジュリは僕の両手を後ろから未だに掴みながら、僕の顔を覗き込むようにして言ってくる。

「あ、ありがとう」

「次はどこ行く?」

 僕が聞く前にジュリに先手を打たれた。

「河原に行きたい」

「いいよ、行こう」

 僕はジュリと共に学校を後にして、河原へと向かった。その道中は手を繋ぎ、河原に着くまで一度も離さなかった。

「夏の河原はいいね、心が落ち着いて」

 ジュリはそう言うと、僕の腕ごと下ろすように土手に座った。川のせせらぎがとても神秘的で明日からまた学校が始まるなんていう日常がどうしても信じられなかった。「ジュリはどこから来たの?」

「秘密」

「ジュリは何歳なの?」

「秘密」

 ジュリはどこか変わっていた。だけど、そんなことが気にならなくなるくらいに僕はジュリに夢中で心を奪われていた。

「ジュリはどうして僕を遊びに誘ったの?」

「秘密」

「ジュリは学校行ってるの?」

「秘密」

「ジュリは好きな人とかいるの?」

「キスしたいと思える人」

 一瞬、思考が止まった。呆気にとられた。

「冗談だよ」

 ジュリはそう言って笑いだした。完全にからかわれた。

「そろそろ帰らないとお母さん心配するんじゃない?」

「え?」

「もう夜だし、まだ中学生だし」

「で、でも」

「私はすっごい楽しかったよ!」

「嫌だ、ジュ、ジュリともっと一緒にいたい、まだ何もジュリのこと分かってない!」

「ありがとう、それなら目を瞑って」

「え?」

「いいから」

 ジュリの言葉に負け、ゆっくりと目を瞑る。しかし何も起きない。

「ジュリ?」

 ジュリを呼ぶも返事がなく、川のせせらぎしか聞こえない。

 待つのに耐えれなくなり目を開けようとした時、口が何かに圧迫されるのを感じた。

 瞬時に今の状況を理解し、目を開けようとしたことを後悔し、目を瞑ったままにする。初めてだった。それは余りにも濃厚な接吻だった。どこか甘い味がして、今すぐにでもとろけけそうな唇の感触だった。目を開けてジュリの顔を視認したかったが、無粋に感じ、ただ接吻を続けた。気付けば5分程度は経っただろうか、口の圧迫感は消えずに今もある。幸せだった。ひたすらに幸せだった。日常がすべてどうでも良く思え、脳内が全てジュリに侵されていた。このままジュリと何処かへ二人で行ってしまいたかった。

「ジュリ、一緒に帰ろう」

 目を瞑ったままジュリにそう提案し、言い終えた時に目を開けた。

 目を開けると、目の前には、ただ流れ続ける黒い川と土手の緑しか見えていなかった。途端に、身体が震えて少しも声を出すことが出来ず、急速に身体の力が抜けて僕の瞳を涙が占領した。




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