夏だけが僕を呼ぶ。

T村

第1話

「あぁ~もういいや、何一つ終わってないけど」

 溜まりに溜まった夏休みの宿題から目を背けて、現実逃避を考える。

 昼の12時から宿題に取り掛かってはいるが、全く集中できなくて現在の時刻はもうすぐ16時になろうとしている。

「どうせ今日一日じゃ終わらない量だし、諦めて2学期が始まって1週間くらいで終わらせる計画に変更しよう。」

 我ながら冷静な判断と言えるだろう。決して無理をしない。自分のペース及び力量を考えて明日以降の自分に支障が出ないようにする。なんて冷静、そして賢明な人なんだ僕は。

「家にいても宿題しかすることないから外に出るか」

 そう一人で呟いて、家を出た。外が夏過ぎて余りにも暑い。日本語やばいのは気にしないでくれ。しかし中学2年生から夏休みの宿題が終わらなくなるとはなぁ。

 去年までは、なんとか期日内には終わらせていたというのに、これは老いか?初老か?怠惰か?まあ言うまでも無く、答えは3つ目なのだが。

「しかしなんもねーな、この町」

 この世に生を受けてから何回そう思ったことだろうか、THE田舎という呼び方が相応しい町で、住人も少なく商業施設も少ない。電車も1時間に1本のペースでしか通っておらず、山と田んぼに囲まれてみんな暮らしている。余りにも生活が不便で、大学進学や就職をきっかけに東京や大阪などの人がたくさん住む街に引っ越したいと常日頃考えている。まあ当分先の話ではあるが。

「行くところねーから、ガッコでも行くか」

 そう言って、明日から2学期を迎える中学校に向かって歩きだした。行くところが無い中で、中学校を選んだのには理由があった。知り合いがいるかもしれないと思ったからだ。まだ今日は夏休み期間で校内には入れないが、グラウンドに行けば誰かひとりくらい知り合いがいてもおかしくない、そう判断した。ところが、グラウンドへ着いてみると人っ子一人おらず、グラウンドはただ佇み、蝉がその状況を見て嘲笑うかのようにひたすらに鳴いていた。

「何だよ、誰もいねーのかよ、つまんねーの」

 ゆっくりとグラウンド内にあるブランコへ足を進め、ブランコを漕ぎだす。陽が少しずつ落ち始め気持ち程度にあたりが涼しくなってきた。明日までの宿題が全く終わっていないことを時々きにしていたが、今から帰って焦ってやる気には何故だかなれなかった。そのうちブランコを漕ぐのにも飽きて、生徒玄関の方へ向かいだす。

「ワンチャンこの中入れねーかな、よっと、え?」

 横スライド式の生徒玄関のドアを思い付きで、横にスライドしたところ、鍵がかかっていなかった為、開いてしまった。これはラッキーだ、今日はツイてる。

 家から履いてきたサンダルを下駄箱なんか無視してその辺に脱ぎ捨て、廊下を砂交じりの裸足で踏みつける。不思議な高揚感と解放感が今の僕にはたまらなくあった。

「校内探検だ!」

 小学校低学年が言いそうな言葉をつい発してしまい、恥ずかしくなるも誰もいない校内を一人で自由に誰にも邪魔されずに移動できる事がとても嬉しかった。廊下を自由に走り周り、奇声を出しながら駆け回った。うろ覚えの流行りの歌も大声で歌い、高音のサビも誤魔化すことなく大声で歌い切る。駆け回っているうちに疲れ果て、気付けば自分の教室にたどり着いていた。そこで何か明日の新学期に向けて、悪戯をしようと考えた。考えた結果、ベタではあるが黒板に、クラスメイトとクラスメイトを相合傘で書く落書きを行うことを決意した。

「僕の名前と、んん…」

 傘の絵を書いた後に、傘の持ち手で仕切った時の左半分に青色のチョークで自分の名前を書いた。空いている右半分の人が入る空間に書く人は誰かもう決めていた。決めていたけど、少し緊張した。そしてとても恥ずかしかった。

「どうせすぐに消すから大丈夫か」

 恥ずかしさを堪えて、右半分の空間を女子の人名で埋める決心をして赤色のチョークを持つ。自分で書いた自分の名前よりも丁寧な字で書いてやろうと思った。震えながら、赤色のチョークを黒板に近づける。一画目の線を書こうと黒板にチョークが触れた瞬間、ガラガラとすぐ右隣りでドアが開く音がした。唐突な出来事過ぎて、一瞬脳が止まり、背中から冷や汗が一瞬で大量に流れる。何秒かして、恐る恐る右を見る。

















「一人で何してんの?私ジュリ、紫音しおんジュリ。一人なら一緒に遊ぼ?」


 刹那。夏が僕を呼んでいる、まだ僕の夏は終わらない。僕は夏に吸い込まれて消えてしまいそうだった。そう感じた。


 持っていた赤いチョークは、ドアが開けられた際に驚いて、力んだ余りにぽっきりと上と下で別れてしまっていた。



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