2.なつ

青い空を背景に 太々とした樹木が幾つも目に付きます

蝉の音が聞こえ始めますと

死にたくない、死にたくないと音を発している様に思えるのです

冬まで生き延びたその蝉は

ただ ただ 鳴いているのです

夏の暑さは今頃になってやって来たのでしょうか

いいえ その蝉だけが生きているのです

死にたくない、死にたくないと私に訴えかけていたのかもしれません

蝉の音は急に止みました すると

私の胸の鼓動が 聞こえ始めました

そっと そっと近づいて 急に死んだ様に音を発すのを止めた蝉に

やはり そっと そっとあみを掛けようとしますと

殺さないでくれ、殺さないでくれと死に物狂いで羽を広げ飛んで行くのです


青い空を背景に 一匹の蝉はふらふらと次の樹木を探します

蝉の音が聞こえ始めますと

嗚呼、また命乞いを始めるのだと解るのです

死にたくない、死にたくない・・・


私の胸の鼓動はいつの間にか聞こえなくなっており

あみも何処かに置いて来ていたようでした

あの夏からずっと手に持っていた虫取りあみを 私は手離しました

あの頃よりずっと大人になった私の耳に もう あの音は聞こえておらず

死にたくない、死にたくないと音を発している様には思えなくなっていました


青い空を背景に 私の目に涙が滲みます

指先で拭っても 拭っても

白い雪を背景に 動かない蝉の羽に滴が零れるのです

――殺さないでくれ、殺さないでくれ

私が殺したのかもしれません

虫取りあみは何処にあるのか知れず 

美しい羽は いつまでも輝いているのでした

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