4.峻と冬絹

第10話

「うおお! 一気に開けた場所に出たなあ!」


 しゅんは、子供のように鼻先をバスの窓にくっつけ、喰い入るように外の風景を見ている。


「一面の田んぼだね~」


 冬絹ふゆきが答えた通り、道の両脇には青々とした夏の稲が、絨毯を敷いたように生え揃っていた。


 二人ともTシャツにチノパン・Gパンという全く外見に気を使っていないことが丸わかりの恰好だ。


「おっ! あれ見ろよ! なんだあれ?」


「ああ……」


 峻が指差したほうを見遣ると、確かに盆地を囲む周囲の山の頂きの一角に、異様な建造物の建っているエリアがある。


「でけー風車ふうしゃ! あれ下の山の二分の一……は言い過ぎか。三分の一くらいあるぞ」


「あ、ああ、あれ風力発電のやつだね。似たようなの見たことあるよ」


「風力発電ね~。へぇ~、なんか未来感ある景色だなぁ~」


 峻の視線は、顔を窓に押しつけたまま、遠方の風車を追った。


「どう?」

「何が?」

「あれで一句」


 冬絹が言うと、峻は露骨に不機嫌になる。


「なんだよその顔~。もう斧馬に入ったんだから、始めなきゃダメでしょ。初めの句があれってのもいいんじゃない?」


「う~ん。まあそうかもな……。よし、出来た」


 嫌がっていたわりに、峻の作句はそれほど時間がかからなかった。


「〝夏空に 羽根冴ゆるなり かざぐるま〟どう?」


「かざぐるま……うーん。あれかざぐるまって感じじゃないなぁ……大きいし」


「その辺はお前の文章でカバーしろよ」


「いやまあ、してもいいんだけど、僕が言ってるのは句としてちょっと……って話で」


「いやだからさ、風力発電っていう未来感のある題材を、子供の玩具のイメージに落とし込むことによって……」


「あっ、ダメだ。それ以前の問題だよ」


 冬絹はスマホを弄りながら、呟く。


「以前ってなんだよ」


「〝冴ゆる〟って冬の季語だってさ。〝寒さが極まった感じ〟らしいよ」


「うわ~マジかよ~めんどくせ~」


 峻は、座席の背凭れに身体をあずけ、大きく伸びをした。


「じゃあどうっすっかなあ……。かざぐるまはかざぐるまで良いとして……」


「こだわるね」


 冬絹は軽く笑った後、足元のバッグからガサガサとパンフレットの類を取り出した。


「なにそれ?」


「斧馬とその周辺に関するパンフレット。松山で降りた時に駅にあったから持ってきてたの」


「俺にも見せて」


「君はこんなの見なくても、斧馬のこと知ってるでしょ? 推敲してなよ」


「いや、知らないよ。ここ来たの今回が初めてだもん」


 冬絹は峻の返答を聞き、眼を丸くする。

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