第11話
「え、だって、僕たち君の親戚の旅館に格安で泊めてもらうんでしょ? 斧馬の人じゃないの? その人」
「斧馬の人だよ。斧馬で旅館やってんだから。ただ、会ったことはあるけど、ここ来るのは初めて、って話」
「親しく家族ぐるみでお付き合いしてるとかでは……?」
「仲悪くはないよ。まぁウチ親戚多いから」
「よく泊めてくれるって話になったねえ」
一応料金は払うことになっているが、二人が払う値段は、相場からいえばほとんどタダのようなものだった。
「まぁ運が良かったよな。これでなんとかカッコもつくだろ。こんな遠いとこまで来たんだから」
「そういうのちゃんと加味してくれたらいいけど」
この二人の学生は、ある大学の文芸部一年生なのだが、初学期を過ぎてもあまり部に馴染んでいるとは言い難く、このままでは退部してもらう、と上級生に脅されたのである。
二人は特別に〝文芸部に相応しい文芸作品〟を夏休みの間に執筆し、二学期アタマに提出するように、と課題を出されたのだ。
不合格なら当然退部ということになる。
「学校の外でも、句会みたいなのやってる集まりってあるじゃない。退部になっても君はそういうとこいけばいいじゃん」
「ああいうとこって意識たけえからなあ……なんか苦手なんだよなぁ……。文芸部の端っことかで細々一人でやってんのが一番性にあってんだけど」
「僕も考えてみたら別に一人でやってたっていいんだけどねぇ」
冬絹は、物憂げにため息をついた。
「部に入ってると、少なくとも部の人は見てくれるし、感想もくれるからな~」
「感想強制だからな」
週一の批評会では、部員は皆提出された作品を読み批評なり、感想なりとにかく何か言うことが義務づけられている。
「なあ、俺文芸部とか入るの初めてなんだけど、どこもあんな感じなのかな?」
「さぁ……。僕、高校まで色んな部入ってたけど、だいたい文化系だったからなあ。あんまり身体動かさない感じの」
「文芸部は入ってなかったの?」
「入ってたけど、あんな体育会系の文芸部じゃなかったから……なんか新鮮だよ」
「あの部長、すぐシバきやがるしな。文芸部であんな痛い思いすると思わなかったぜ」
「なんかこう……思ってたのと違うよね」
「うん……」
二人の面差しに暗い影が漂い始めた。
「とりあえずなんか美味いもん食おう。折角きたんだから。あんまり先のこと考えると絶望するからな」
「う、うん。そうだね。あ、これなんかいいんじゃない?」
峻と冬絹は、無理に声を張って元気を演出する。
「おお、ご当地ラーメンってやつか」
冬絹の持っているパンフレットに、デカデカとラーメンの写真が大写しになっていた。
「なんか具沢山のラーメンだね。五目ラーメンみたいな感じなのかな」
「よくわかんないな。なんて書いてあんの?」
「特に料理的な説明は書いてないけど……名前は〝令和ラーメン〟だって」
「あ、あんまり食欲をそそられない名前だな」
「まあ……」
冬絹も苦笑いで曖昧に答えた。
「いや、うん。食ってみるまではわかんねえからな」
「そうそう。旅館に落ち着いたらまず、これを食べてみようよ」
「……ネットには全然評価ねえな」
峻はスマホの画面を触りながらぼやく。
「まあまあ! できたばっかりなんだよ、このラーメン!」
悩める若者二人を乗せ、バスは乗客を入れ替えながら粛々と夏空の下を進んでいく。
もうすぐ、バスは峻と冬絹の降りる営業所に着こうとしていた。
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