2.赤歯寺・回向
第5話
南二名市。合併により広大な土地を市域にした四国の一地方である。斧馬町はその中にかつて存在した旧町名であった。
昔はこの辺りの中心地であり交通の要衝だったこともあり、住人たちの中には今だに〝最早自分たちは市民であり町民ではない〟という意識が芽生えていない者が少なくない数存在している。
この斧馬の地に、赤歯寺という仏閣がある。さほど有名ではないが、遍路が来るのでわりと賑わっており、財政状態も悪くなかった。
夜の帳が下り、深々と静けさが寺域を包む。
袈裟に身を包んだ歳若い住職は、これまたひっそりと音を立てぬように、古木の廊下を歩み庫裏に向かっていた。
今日は特別な日とされている。年に一度の大切なお勤めの日であった。先代も先先代も決して忘れたことはなかったというが、住職は怪しいものだと思っている。
先先代はともかく、先代は酒癖も悪く評判の悪い坊さんだったのだ。
大切なお勤めには違いないが、今日のこれは正式な仏事ではない。
これは……なんというのだろう? 民俗行事というのだろうか。知っている人間は『ご招来の日』と呼んでいる。
この地方の、というか、この赤歯寺に伝わっている行事というか儀式だった。
簡潔にいうと、何かが赤歯寺に来るという日である。仏であるとか、その眷属とかそういうものではないらしい。
何かよくわからないモノがこの寺に訪ねてくるのだ。
ただ来るのではなく、住職はその来るモノのお相手をしなければならない。
この地方の言葉でいうと、遍路にするように、お接待をしなければいけないのだ。
現住職はこの儀式の意味や由来など何も聞かされていない。誰にも続けろとも言われてないのでやめてもよいのだが、なんとなく続けている。
『まぁ、大三島のほうでは神様を相手に、とかいう話で一人で相撲するらしいし……。それに類するもんやろな』
住職は、聞きかじった知識でなんとなくそんな風に理解していた。
目の前には、きちんと料理が二人分作ってある。自分と客の物だ。
これも決まりがあって、料理は接待をする住職が全て手ずから作らなければならない。
寺で出すものなので、なまぐさ、香りや刺激の強いものはない。いわゆる精進料理と呼ばれるようなものだった。
ただ、酒は出しても良いことになっているので、今回も一応準備してある。基準がよくわからない。
幸い住職は料理も嫌いではないので、手間ではあるが、これも別に特段面倒だと思ったことはなかった。
建物の外は、闇が満ちるようにいよいよ夜が更けていく。ただ、庫裏の電灯だけが木々に囲まれたこの寺の中で、地に落ちた星明かりの如くぽっと漏れ出していた。
こうやって、古めかしい作りの庫裏に端座し、何者ともしれぬまろうどを待っていると、普段の修養とはまた違う、神妙な気持ちになってくる。
若い住職は、この何か、特別な時間と寂静の気配をいつしか楽しんでいる自分に気付いた。
「入るぞ」
ふと、何かの声が聞こえた気がした。
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