1-4


 しばらく時間が経っても、登校する生徒の数は特に増えることはなかった。それは生徒会の一同についても同様であり、俺が挨拶運動に参加した後、それ以上に誰かが来ることはない。


 気まずい会話が終わったあと、俺はただ校門の方から覗ける学校の時計をぼんやりと見つめていた。片手間に時間を確認することができる代物というものを俺は持っていないから、こうしてアナログ頼りな生活を送るしかない。それについては不便だと思うし、もっとやりようがあるとは思うけれど、如何せん行動する気力というものが湧かないから仕方がない。


「ねえ」


 ぼんやりと時計を見つめて、長い針が少しだけ傾いたタイミングで声をかけられていることに気が付いた。声音、言葉から、俺に話しかけてきたのはヒロミである、ということはなんとなく察したけれど、先ほど気まずい返事をしたばかりだというのに、それでも俺に声をかけてくる彼女に、些か驚いてしまう自分がいる。


 はい、と返事をした後、彼女がどのような言葉を俺に向けて紡ぐのかを待ってみる。怒られるようなことはしていないはずだけれど、それでもどこか歪にこの場所へと立っている自分に、何かしらの文句があるのかもしれない。そんな彼女の発言を予想しながら、ただ視線を彼女の方へと移動させた。瞳を覗くことはできなかったけれど。


「なんで携帯、持たないの?」


 彼女の言葉は、素朴な疑問らしかった。


「ほら、別に普通の高校生が~、とかそういった話をするわけじゃないけれど、それでも今どき携帯を持たない、とかってなかなかないじゃない? うちのクラスの子にもいるっちゃいるけれど、代わりにタブレットとWi-Fiを持たせられていたりするし、高原くんもそんな感じなの?」


「……ええ、と」


 返答に迷ってしまう。返答に迷う、というよりも、これを言葉にするべきなのかを迷ってしまっている。


 以前は携帯などを持つことはあった。自室で遊ぶための電子機器であったり、パソコンなりを両親に買い与えられたことがある。けれど、俺はそれをすべて捨ててしまった。


 不要だから、と言い訳をしたいところではあるものの、別に不要だったわけじゃない。きっと用途を見いだせれば、それぞれに必要な場面というのは生まれるのだろうけれど、そういった場面というものに俺は辟易してしまっている。


 だから、捨てた。


 すべからく、捨てた。


 だが、それを言葉にすることはもうできない。


 俺はヒロミを含む生徒会の面々に対して、携帯は持っていない、扱うことができないから、と言い訳をしたし、それから捨てた、などと言葉にすることはできない。それは嘘をついた、と思われるからであり、その嘘を俺は許容することはできない。どうせ嘘をつくというのならば、それは完全に律しなければいけない。その正体がバレる、バレない、とかそういった問題ではなく、それを自分の中で真実として思い込まなければいけない。それが俺にとっての嘘であり真実なのだから。


「持ちたい、っていうのはやまやまなんですけどね。先ほども申し上げた通り、機械類に疎いっていうのがあって、買っても使いこなせない、というか、そんな不安があって、結局買うまでには至ってないんですよ」


 だから、それらしい言葉を並べてみる。それでヒロミという女子が納得するのかはわからないけれど、これ以上の言葉は思いつきそうにはなかった。


 ふーん? と彼女は訝し気に息を吐いた後、ふむふむ、と一人で考え込むような仕草をとる。傍目に見えた常法寺と赤座に関しては、彼らだけで談笑をしているようで、こちらに目を向けていないようだ。


 そんな中で、ヒロミは訝し気な表情から、途端に悪戯をするような表情へと切り替わる。嘲っている、というような表情にも見えるけれど、ともかくとして一瞬で笑顔になる。先ほど気まずそうにして困惑させていた表情を思えば、こちらの方が気分はいいな、とか呆然と考えていると──。


「──明日の放課後、暇だったりする?」


 彼女は、くすくすとくすぐるような笑みを浮かべた後、そんな提案を俺に向けて行ったのであった。

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