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 朝早くから学校に通うような熱心といえる生徒は、この学校にはそこまで存在しない。


 俺のように生徒会の雑用で呼び出されていたり、母に話した通りに部活の朝練で早めに学校に来ている生徒が早めに登校をするくらいで、それ以外の目的で学校に来る連中は本当にいない。そもそも、学校に早く来たところでやるべきことも見いだせないのだから、そういった生徒が来るわけもないのだ。


 俺が通っている高校の雰囲気を一言で語るのならば、活動に対しては前向きな学校、というくらいであり、それは勉学などの学生の本分とされているところに重きは置かれていない。受験についての難易度も低い部分もあり、たまに素行の悪い生徒が入学することもあるけれど、そんな生徒であっても許されるのが、ある意味この学校らしいとも言えるのかもしれない。


 常法寺から以前話を聞いたときには、運動部に関しては優秀な成績を収めていたりだとか、文化部に関してもコンクールで表彰を受けるなど、相応の実績を残しているらしく、やはり勉強以外での活動が主になっている、というのがこの学校の特色として挙げられるのだと思う。そんな学校に通っている俺が活動に対して前向きかと問われれば微妙な話ではあるけれども、ともかくとしてこの学校の雰囲気はそんな感じだった。


 だから、今歩いている道のりについても人通りが少なく、俺以外の人影というのは、忙しく駅へと向かってすれ違う、いわば仕事をしているような人間くらいであり、自分だけが目の前のアスファルトの道を独占しているのではないか、そんな錯覚さえ覚えそうになる。


 電柱に立たされているカラスの影、もしくは狭い住宅街の道幅をぎりぎりで通るような車の姿、それくらいしか景観を語れる要素はなかった。ただただ静かな朝だと、俺はそう思った。


 昔から朝は苦手だった。早起きは特に苦手だったし、目覚し時計が時刻を知らせるために大音量を鳴らしても、無意識にそれを叩いて止めることが日常の大半だった。そんな俺が眠気に左右される小尾もなく、こうして適切な時間を過ごしていることを、過去の自分が知ればどう思うのだろうか。


 ……きっと、何も思わないのかもしれない。


 そんな人間になれたのだな、とぼんやり考えて、それだけで終わるのだろう。自分自身がどうしてそのような変化を遂げたのかについて一切思考を回すことはなく、淡々と自分の事実だけを受け入れるはずだ。なんとなく、そんな感じがする。


 そんなどうでもいい思考に時間をつぶしながら、目の前にある道の先を見つめてみる。見つめながら、今日中にやるべきことであったり、生徒会室で行うべき作業の内容だったりを頭の中で反芻してみる。朝早くから学校に行くのだから、挨拶運動が終わり次第、取り組めることがあるのならば取り組んで済ませておきたい。別に帰宅の時間は変わらないのだから、仕事量を減らせるのならば気分的にはそっちがいいだろう。


 そうして俺は学校への道をゆったりと歩いていく。急いで行っても意味はないし、遅めに歩いたとしても十分時間は残されている。遅めについたとしても、他の生徒会メンバーから少し嫌な顔をされるくらいなのだから、気にしてもしょうがない。





 挨拶運動は、昔から続くこの学校の一つの文化らしい。


 もともと、この学校については荒れていたらしく、不良が巣食うような、典型的治安の悪さがついて回っていたらしいが、それを改善するべく教師陣が行った運動が、今もこうして続いているとかなんとか。


 挨拶運動の内容は、その名の通りとしか言いようがなく、ただ挨拶をするだけのイベントごとだ。校門前に立って、学校に登校してくる生徒にただただ挨拶をするだけ。本当にそれだけの、特に意味はなさそうな運動なのだ。


 高校の校門前、いくつかの学生鞄が校門の脇に置かれているのが視界に入る。


 学生鞄とは言いつつも、指定の学生鞄などこの高校にはないので、各々の生徒による趣味が学生鞄に反映されるのだけれど、そこに置かれている鞄は生徒会である、ということを誇示するように、きちんとした革の鞄であったり、無地で飾りなどもつけられていないエナメルのバッグであったり、風紀を正しているような雰囲気がそこにはあった。


 そんな学生鞄のすべてから視線をそらして、校門のほうへと視線を向ければ、見覚えのある人間が視界に入ってくる。


 一人は常法寺、もう一人は赤座。さらに他にも一人の女子生徒がいるものの、その生徒については正直名前は憶えていない。……生徒会をよくサボっている人間なのだろう、あまり会話はしたくないかもしれない。


 俺はそんな人たちに紛れ込むように、同じく学生鞄を校門の脇に添えるように置いて、彼らの近くまで移動をする。


 切り替え。


 それを頭の中で何度も意識をしながら、板についている笑顔を、俺は表情に浮かべた。



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