0-6
◇
生徒会室の中で黙々と書類の整理をしていると、そんな過去のことを思い出す。対して昔のことでもないはずなのに、どこか遠い記憶として思い出してしまうのは、現在まで過ごしてきた時間感覚が退屈によって引き延ばされてしまったからなのだろうか。
よく、わからない。
人生に退屈も退屈じゃないときも存在しないだろうに。いつだって流されるままを選択して、そこに自分の意思を介在させなければいい。人とはそういうふうに生きるのであって、高校を卒業した後に求められる人物像はそれ以外では適さないはずだ。
だから、何も考えない。
何も考えないまま、とりあえず目の前にある書類のチェックを進める。申請されている部活動の部内人数と、教師から渡されている書類の中にある人数が合致しているか、それをきちんと確認したうえで、問題がなければ部費の整理。その過程が終われば、チェック者として左下のほうに名前を書いて、そうして一枚の確認が終わる。
いよいよというべきか書類の束にも終わりが見えていた。この高校に関していえば、学業よりもそれ以外の活動が主体として営まれている側面があるせいで、近隣のどの高校よりも部活動数は多い。文化部に関してはその数は少ないものの、運動部についてはマイナーとしか思えないものまで運営されていたりする。
ふう、と大きな息を吐いた。長い時間書類と向き合うことに専念していたせいで、肩に無駄な力が入っているような気がしてしまった。肩甲骨からぐるぐると回すような動きを繰り返して、無意識に溜まっていた力を緩和する。
「そろそろ終わりそうか?」
そんな俺の様子を見て、唯一生徒会室に残り続けている常法寺は声をかけてくる。俺はそれに頷いて、残り数枚であることを示すように、目の前にある未確認のそれをぺらぺらとめくるようにした。それに常法寺はにっこりとして、彼もまた作業に戻っていく。
生徒会室の壁にかけられている時計の針は、もう既に夕方を通り越して、夜の時間を示そうとしている。視界の中には生徒会室の電灯の明かりがちらつくけれど、ふと外を眺めてしまえば、非現実的なほどに暗く感じるような世界が広がっている。すでに慣れてしまった景色ではあるのだけれど。
暗闇の景色を呆然と見つめて、そのうえでまだついている明かりが特別教室棟のほうにあるのを確認する。
まだ、あいつは残っているのか。
俺はそんなことを考えながら、改めて目の前の書類に向き合う。
終わらせるも終わらせないも自由だけれども、どの学校にも完全下校という時間制限がある。深夜まで学校に残るということはできないし、どうせなら今日の仕事分くらいは終わらせておきたい。
ふっ、と力んだ息を静かに吐いて、また目の前の書類に向き合う。残り少ないということを意識すれば、目の前の仕事に関しても容易く終わりそうだった。
◇
俺が書類整理を終わったことを常法寺に伝えると、その後一分もしないくらいで彼も仕事を終えたらしい。
「疲れたな」と彼は言葉をかけてきたので、俺は、そうですね、と言葉を返した。肉体の疲労というよりも、細かい文字を見続けてきた眼精疲労みたいなものが、頭の中にわだかまり続ける感覚がある。
「とりあえず今日は解散するけれど、高原はなんか予定とかある?」
そんな頭痛を緩和するために、俺が軽く目を抑えてマッサージもどきを自分に施していると常法寺が声をかけてくれる。
特に、予定はない。というか、予定を作ることなんて今後もない。
ない、けれど。
「すいません、今日はちょっと用があって」
俺は、生徒会室の窓から覗くことのできる物理室の明かりを視界に入れて、彼の言葉に返してみる。
まだ伊万里がいるのならば、とりあえず挨拶くらいはしておいたほうがいいだろう。
別にそこまで気を回す必要なんてないのはわかっている。知人程度でしか収まらない関係に、無理をするような挨拶をする意味がないことも認識している。
だが、一応ではあるものの、俺も科学同好会なのだ。それであれば、会長である彼女に声をかけるのも、一つの儀礼だと思った。
俺の言葉に、常法寺は、そっか、と返して、学生鞄に荷物を詰めていく。俺も彼に合わせるように筆記用具などを鞄に詰めた後は、足早に生徒会室の出口に向かう。
「それでは、お先に失礼します」
「おう、また明日な」
いつも通りの日常。いつも通りの挨拶。いつも通りの会話を繰り返して、俺は生徒会室を後にした。
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