0-5
◆
「お前は面白い」と常法寺は言った。
たしか、四月の中旬くらいの時期だったはずだ。屋上という存在に気づいて、俺と伊万里、そして常法寺がよく来ていることに気づいていた段階だったから、それで間違いはないはずだった。
そんなことを彼が語ってる裏で、存在していた世界は青空だった。昼休みの間の時間に、彼はいつものように当然ともいえる感じで喫煙をしていて、俺の姿を視界に入れながら、彼はにこやかにそうつぶやいていた。
そうでもないですよ、と無難な返事をした。思いつく返事もなかったからそれでよかったはずだが、それを尚更からかうように常法寺は「嘘つけよ、お前は面白いよ」と付け足していく。
「お前のその、人に対する壁っていうのかな、それが強固過ぎて面白いんだよな」
「……そんな壁なんてないですよ」
「それも嘘だろうが。思い当たる節しかないだろうよ」
彼はニタニタと笑いながら、紗良に言葉を付け足して話し始める。
「例えば、お前の使っている敬語とかも不思議なもんじゃないか。先輩である俺に対して敬語を使うっていうのはまだわかる。俺は年上だし、相手に対して敬いをたてるという示しだろうから、別にそれはいいさ。
けれどお前、俺だけじゃなく、同級生の伊万里さんにも同じような敬語を使っているだろ。それのどこが壁なしだっていうんだよ」
はあ、と俺は適当に相槌を打った。
「伊万里さんも敬語は使いこそすれ、それでもお前とはどこかベクトルが違う。彼女の場合は距離が測りかねてるから敬語を使っているだけであって、お前のように距離を取るためだけに言葉を使っているわけじゃないだろ。彼女は人に踏み込んでほしいようにしているのに、お前は対極に、それを許さないように振舞っている。潜在的に、どこか人に対して恐怖を抱いているような、そんな雰囲気を感じるんだよなあ」
俺はその言葉に沈黙を返した。知ったような口で利いてくるな、という憤りが心の中にはあったものの、その感情を呑み込んだうえで、俺は平然を装おうとした。それでも、そのときは感情を殺すことになれていなくって、きっと眉の傾きさえ調節できていなかっただろうけれど。
それでも彼は楽しそうにニヤニヤと笑顔を繰り返している。その笑顔に苛立ちか隠せなさそうな予感を自分の中で覚えた時、彼は不意に声を出した。
「お前、生徒会に入れよ」
「……」
唐突な彼の言葉に、一瞬理解が追い付かなくて、数瞬の間をおいてから、はい? と素っ頓狂な声を返してしまった。その唐突さに、声音が裏返った感覚を覚えた。
「……なぜ、僕が入らなければいけないんですか?」
あくまで敬語のスタンスは崩さないように、素の自分が漏れ出てしまわないことに気を付けながら、俺は言葉を吐いた。
常法寺の言葉を理解なんてできなかった。理解できなかったから、不躾というか、失礼になるであろう言葉を返していた。いつもであれば感情に制限をかけていた言葉の節々に、感情が混ざるような感覚がした。声音には気を付けていたのに、とげが含まれていたかもしれない。
「そうだなぁ。単純に俺がお前を気に入っただけなんだけど」
そんな俺の声音に動じずに、何も気にしないというような雰囲気で常法寺は言葉を返す。
「そういうことではなくて、なぜ僕が生徒会に入らなければいけないのか、という話をしているのですけど」
「うーん。そうなぁ。いろいろとメリットはあるぞ?」
悪戯をするみたいに、彼は話を続ける。
「生徒会に入れば内申点はもう約束されたようなもんだ。教師からの評判はいいし、お前が進学を考えているのであれば、それだけで有利に働いたりする」
「……別に、どうでもいいですね」
将来のことなんて考えていない。今のうちから考えるほどに、俺は真剣な人間ではないし、毎日をのらりくらりと過ごすことができればそれでいい。
「あー、それ以外だとなぁ……」
常法寺は困ったような笑顔を浮かべながら、考えていることを示すような素振りを取る。
「──家に帰るのが遅くなっても許されるぞ」
「……はい?」
やはり俺には彼の言葉は理解できなくて、その理解不能さに声を上げてしまう。だからなんだ、という意図を含ませながら。
まあ聞けよ、と常法寺は言葉を続ける。「お前と伊万里さん、科学同好会作ろうとしているだろ。その理由についてはだいたい予測できるんだけど、どうせお前は家に帰りたくないんだろ?」
「……」
それについては図星だった。肯定したいわけではなかったが、この場面での沈黙は彼の言葉の肯定に他ならなかった。
「それならさ、別に科学同好会なんて作らなくても生徒会に入ってしまえばいい。めちゃくちゃ悪く言ってしまえば生徒会はブラック企業みたいなもんだからな。毎日残業できるぞー?」
「……」
生徒会に勧誘されているという状況なのに、彼はその悪い側面をあえて俺に対してアピールしている。
そのどこか歪な面白さが、俺の心に触れた。実際、彼の言っている通りではあったし、そこに家に帰らない理由を見出せるのならば、それが一番いいと思った。
「本当に誘う気があるんですか?」
「ああ、もちろんだとも。お前のことを理解した上で、俺はきちんと言葉を吐いているつもりだよ」
「……そうですか」
一連のやり取りの可笑しさに、意味の分からなさに呆然としてしまう意識の流れ。それでも、自分にとって都合のいい環境が目の前に用意されていることに、どこか俺は心が引かれてしまっている。
「……一度、考えさせてください」
俺は常法寺にそう言葉を吐いた。その実、彼の提案に乗っかるつもりではあったけれど、一応頭の中で精査をしたうえで、場面に流されたわけではないことを、きちんと自分の中に落とし込みたかったから。
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