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◇
生徒会室で行われる主な作業とは、毎月控えている学校行事の下準備が大半となる。今月であれば、五月中旬のほうに控えている生徒総会に向けての資料作成であったり、運営されている部活動や同好会などの人数の把握であったり、学生が本当に取りまとめる必要があるのかわからないものばかりを、今俺はまとめている。
生徒の大半が生徒総会などに興味がないことはわかっている。生徒会でもそれは理解されてはいるものの、それでも教師側からきちんとやるように、と指導をされているのだから仕方がない。大半の興味がないことをわかっているうえで、それでもやらなきゃいけないことをやるのは、どことなく精神疲労が溜まるような感覚がする。
ずっと見つめていた書類作業が嫌になって、俺は一度顔を上げた。
夕方に差し掛かろうとする日の傾き。外の方ではなく、生徒会室全体を眺めるように首を回してみては見るものの、そこには俺以外誰もいない。
「……また、か」
こういった事務作業を嫌うものは実に多い。もちろん類に漏れず、俺自身もこの作業については嫌ってはいるものの、それでも入学したばかりの一年生ということなので、先輩である赤座であったり、他の上級生が知らぬ間にサボっていたとしても文句は言えない。
かといって、ここでずっと文字だけを眺めていれば、途方もない未来の作業を想像して頭が痛くなってしまう。
息抜きでもしよう。
俺は、そんな気持ちと衝動に身を任せて、とりあえずと言わんばかりに生徒会室を抜け出していく。その足が向かう目的地は定まっていた。
◇
屋上から覗ける視界は、まるで自分が世界に独りだけしかいないのではないか、そんなことを錯覚させる要素がある。そんな錯覚なんて妄想の範疇でしかないことは重々承知はしているものの、それでもこの錯覚が好きなのだから仕方がない。
そんなこんなで、今日も今日とて屋上に昇っている。
屋上に昇ってもやれることなんてなにもない。別に、高い場所にのぼったところで、景色を眺める暇つぶしくらいにしかならないし、それ以外の用途を俺には見いだせない。
吹きすさぶ風、まだ明るい太陽に身をゆだねながら、屋上の風景を見渡してみる。
「──おっ、来たな」
そして、見渡したことをすぐに後悔して、げっ、と声を出してしまいそうになる。実際に口には出さなかったけれど、それでも一瞬無意識に引っ張られる眉の感触で、相手に表情を悟られていないか、俺は不安を抱いてしまう。
「……いたんですね、常法寺先輩」
常法寺 流人。この高校で生徒会長という役職で貢献している、上級生の男。
「……ルト先輩でいい、っていつも言ってるんだけどなぁ」
俺の言葉に苦笑をしながら、彼は空いている片手で、来い、と俺にジェスチャーをするようにした。
空いてない片手には、高校生が持っていてはいけない代物が握られている。握られているというか、つままれていると表現するべきか。
彼は生徒会長だというのに、学校のルールはおろか、現実に敷かれているルールさえ無視をするように、当たり前のように今も煙草を吸っている。
口から吐き出す溜め息は白いものの、その濃度については薄れている。確かに煙を吸引している、そんなことを示すような煙だと思った。
「進捗は?」と常法寺は言葉を吐いた。俺はそれに「ぼちぼちです」と返してみる。紙の束はまだ大量に残っているから、そんな無難な返事しか俺にはできなかった。
そっか、と彼は苦笑をすると、またつまんでいた煙草を口に近づけて、喫煙という行為を繰り返している。生徒会長という、生徒の模範となるべき存在が煙草を吸っている。その事実だけで、なんとなく面白いと俺は思った。
「ま、気張れよ。大変なのはこの時期くらいだからさ」
「はい、頑張ります」と俺は無難な言葉を吐いた。時期とかどうでもよく、とりあえず無難な言葉を返すことだけに集中をした。
おう、と彼は俺の言葉に笑顔を浮かべた。そうして吸っていた煙草を床に落として、上靴でそれをすりつぶすように火種を消していく。高校生にしては手つきも処理の仕方も慣れていると思って、そんな様子に俺は笑ってしまいそうになる。
彼がそうやって俺に背中を向けて、屋上の扉をくぐって出ていくと、俺もそろそろ生徒会室に戻らなきゃな、という気分になってくる。息抜きという息抜きができた自覚はないけれど、とりあえず抱えていた息苦しさは発散できたような気がする。
俺は用を済ませた気持ちで、常法寺に続いて屋上から出ていこうとする。生徒会室での事務仕事はまだ嵩張っているのだから、兎にも角にも向き合わなければいけない。それで帰りの時間が遅れてもどうでもいいし、抱えている仕事は片付けてしまおう。
そんな気持ちで、俺は屋上から抜け出していく。その意識の傍らで、生徒会室ではない場所を思い浮かべる。
あいつはまだ残っているだろうか。
俺は、目的地を生徒会室から切り替えて、とりあえず思い浮かんだ場所へと向かうことにした。
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