第三話 偶然の接点

蓮は、その日もいつものように図書館に足を運んでいた。彼が座る席から少し離れた場所には、例のクールな女性が座っている。彼女は今日も淡々と本を読み、その表情は相変わらず静かで冷静だった。


蓮は彼女と少しずつ会話を重ねるようになったが、それでもまだどこかぎこちない関係だった。彼女の名前さえ知らず、会話もほんの一言二言。だが、蓮はそれで十分だと思っていた。彼女と少しでも話せるだけで、彼の心は温かく満たされるのだ。


その日、図書館はいつもよりも人が多かった。期末試験が近いため、学生たちはみな勉強に励んでいた。蓮は教科書を広げながら、ふと彼女の方をちらりと見た。すると、彼女が何かを探しているような仕草をしているのが目に入った。


蓮は彼女が何を探しているのか気になりながらも、声をかける勇気はなく、そのまま自分の勉強に集中しようとした。しかし、彼の視線はつい彼女に向いてしまう。


その時、彼女がカバンから取り出したノートがテーブルの端に引っかかり、床に落ちてしまった。蓮は思わず立ち上がり、彼女の元に駆け寄った。


「大丈夫?」


彼はノートを拾い上げ、彼女に手渡した。彼女は一瞬驚いたように見えたが、すぐに落ち着きを取り戻し、淡々と答えた。


「ありがとう。でも、別に気にしなくていいわ。」


蓮は少し気後れしながらも、「いや、気になったから」とだけ言って、彼女に微笑んだ。彼女もほんのわずかだが、微笑み返してくれたように見えた。その瞬間、蓮は何かが変わり始めたのを感じた。


その後、蓮は自分の席に戻り、彼女の方をもう一度見た。彼女は、ノートを開き何かを書き込みながら、時折蓮の方をちらりと見ているように感じた。蓮はそのことに気づき、少しだけ心が弾んだ。


しばらくして、図書館が閉館する時間になり、蓮は帰り支度を始めた。彼女もまた、ノートと本をまとめてカバンにしまい、立ち上がった。


蓮が図書館の出口に向かおうとしたその時、彼女が蓮の近くを通り過ぎようとした。その瞬間、彼女が何か小さな物をポケットから落としたのが見えた。蓮はそれに気づき、急いで拾い上げた。


「これ、落としたよ。」


蓮が彼女にそれを手渡すと、彼女は驚いた様子で目を見開いた。その手のひらにあったのは、小さなブックマークだった。金属製のそれは、繊細なデザインが施されており、彼女の雰囲気にぴったりと合っていた。


「…ありがとう。このブックマーク、特別なものだから。」


彼女は少しだけ声のトーンを落として言った。蓮はその言葉に興味を引かれたが、それ以上は何も聞けなかった。ただ、彼女がそのブックマークを大切にしていることは感じ取れた。


「大事なものなら、落とさないように気をつけてね。」


蓮は優しくそう言いながら、彼女に微笑んだ。彼女も、少し照れくさそうに頷いた。そして、二人はそのまま並んで図書館を後にした。


その帰り道、蓮は彼女とほんの少しだけ歩きながら、簡単な会話を交わすことができた。彼女の声は相変わらずクールで静かだったが、どこか柔らかさも感じられるようになった。


「そういえば、まだ名前を聞いてなかったね。」


蓮がふとそう言うと、彼女は少し考えた後、静かに答えた。


「私の名前は、九条美咲(くじょう美咲)。あなたは?」


「星野蓮だよ。よろしく、九条さん。」


「…よろしく。」


その夜、蓮は久しぶりに心地よい気分で眠りについた。九条さんとの会話が頭の中で何度も繰り返され、その度に彼の心は穏やかになるのだった。

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