1-7

 そうして二人だけの密談を終えて、やるべき事も出来た。それを終えたら寝るだけだと。だけど、その前に――。

「さあって。折角今、家族四人が集合したってんだからさあ」

 夜も遅めの、家族四人が集まる居間。その中を見回し、そして居間の奥にある押入れを漁りに行く。目的の物は押入れの中、すぐ手前側で見付かった。

「久しぶりに真剣勝負、行ってみる?」

 どん、とそれをちゃぶ台の上に置く。見た目は小さなビジネスバッグっぽい。だけどその実遊び道具――と見せ掛けた、真剣勝負の道具。

 麻雀牌。

 それが出て来た瞬間、空気が一瞬ぴりっと引き締まる気がした。テレビだけがのんきな野球中継を流し続けている中、家族全員の目付きが明らかに変わっていた。

 なぜこんなものがあるか。一家全員が目を光らせるか。理由は簡単。

 これくらいしか娯楽がない。なぜならここがド田舎だから。

 これを囲んで、ふっ――と、小さく鼻で笑う声がした。

「……都会の空気で、鈍ってはいないだろうな」

 相変わらず静かな父さんの声。でも、明らかにどこか力を秘めた声になっていた。

「ご心配なく。結構向こうでも食い散らかして来たからね」

 雀荘とか、仲間内で打ったりな。そう頻繁にはやっていないけれど、どんな所でも容赦なく勝ち金をもぎ取っていくものだから、仲間内では“鬼”と言われていたり。

 麻雀の鬼。ああ、二つ名としては光栄なものじゃないか。

「あらあらそうですよあなた。“五十喰い”と張り合ったこの子が簡単に負けちゃあ、ねえ」

 口元を覆って、くすくすと笑う母さん。その母さんもかなりの強者だったりするんだけど――因みに母さんの言った“五十喰い”とは、かつてここの隣町の雀荘に一週間程の間君臨していたという、伝説の女子○生の渾名。その一週間の間に、その地に巣食う強者どもを相手に、しめて五十万円以上を毟り取ったという。故に五十喰いという伝説がその地に今尚残っている。そしてその子は、現れた一週間後に忽然と姿を消した。

 私はその時、たまたまその場に居合わせて、一度だけやり合った事がある。支出イーブンにするのが精一杯だった。身なりは小さかったけど、力強い声と、こっちの手の内を透かして見ているような、綺麗な目だったというのをよく憶えている。ろくに会話はしてないけれど。声を聞いたのも麻雀用語のやりとりくらいで、チー。ポン。ロン。ツモ。その程度の声しか聞く機会はなかった。名前も知らないその子より手強い相手には、未だに巡り会えていない。

「……いいだろう」

 ぽちっと。父さんがテレビの電源を消す。野球の試合はまだ途中だったけど、それよりも父さんの優先順位は麻雀の方が上だ。

 ちゃぶ台の上に、麻雀牌の所に一緒にあった麻雀マットを敷く。この緑色のマットこそが死闘の舞台になるんだ。

「やってもいいけど、あんまり無茶苦茶なやり合いには入らないぞ」

 唯一弱気発言をするのが八幡。それもそう。確かにこの面子だと実力は一番低い。若いからかな、恐らく経験値が足りていないんだろう。だけど八幡は気付いていない。雀力云々でなく、此奴は場を乱す能力がずば抜けているんだと。

「あらあら、やる前から弱気だと勝てる勝負も勝てないわよ」

 母さんもしっかりと乗り気だった。

 四者四様、全てが全てを敵視する。流石に家族内で金銭のやり取りまではしないけど、代わりにそれに匹敵するものを、得るか失う。そう、それでこそ、真剣勝負は本当のものになるんだ。

 ……ふん。

 うふふ。

 ふっふっふ。

 うう……。

 四人、それぞれの目線の外で、ゆっくりと、長く吹いた風が、草木を揺らす音がした。それは、ざわ……ざわ……と、妙に緊張感を煽る音だった。

 ――さて。

 ここからは、雀鬼達の狂乱の時間だ。




 ――数時間の波乱の時を終えて。私はかつての自室で、布団を敷いた上で寝っ転がっていた。

「ふっはー……」

 仰向けになって、変な声と一緒に一息を吐く。

 そうして、寝ながら部屋の中を見回してみる。私物の殆どない、がらんとした部屋。ここにあった家具とか、生活に必要なものは殆ど引越し先に持って行っちゃったから、昔より部屋がとても広く感じられる。目立つ荷物はスポーツ鞄だけ。他にあるのは布団、電灯、そしてちゃぶ台くらいのものだ。小さい頃から十何年も居座っていた筈の部屋なのに、こうして間を空けて見てみると、懐かしさ――というより新鮮さを覚えてしまう。

 耳を澄ますと虫の声。いろんな音を奏でていた。暗い外から聞こえる声。これもまた風情があって大変宜しいものだ。

 ――因みに。麻雀の結果については、ここでは伏せておこう。これは麻雀を語る話じゃない。お話として語るべきは件の事件の事で、知るべきはその顛末なんだから。

 ……負けたっていうオチじゃないけど。

 でも色々とすっきりした。麻雀は頭の格闘技とも言うし。頭を使う。感を働かせる。そうした力は、この先絶対に必要になるだろう。

 なぜなら私の目的は、私が気付いた矛盾――謎を解く事なんだから。

 この話が解決するのかどうか解らないけど、

 取り敢えず所々、今後の指標を決めていこうと思う。

 私はやりたいと思った事は絶対にやり抜くたちだ。



 当面の目的――。

 少女Aに関する事件の顛末を調べる。

 ご先祖様のお墓に手を合わせる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る