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 所要時間の倍近く掛かって。やっとこさ私の戻るべき実家が見えて来た。まさに田舎にありがちな、ちょっと古めの二階建て木造一軒家。二十年くらい前に改装はしたんだけど、それ以前、爺ちゃん婆ちゃんが住んでいた以前からここに建っているという、歴史ある家だ。外見も中身も純和風。部屋は台所やトイレとか以外は全て畳敷き。改装前の家の写真なんか見てみると、多分座敷童とか住んでいてもおかしくないんじゃないか、というような古めかしい雰囲気だった。残念ながらまだ座敷童は見た事はないんだけど。

 そんな実家に戻った私を、父さん母さんはかなり大袈裟に迎えてくれた。母さんなんか、会った途端にいきなり抱き付いて来たし(汗臭いと思うよ?)。そうして「お帰り、お帰り」と頭を撫でてくれた。その傍らの父さんは私を見据えて、静かに只一言「お帰り」とだけ言ったけれど、静かなだけに感慨深いものがあった。私のこのちっこい胸も熱くなるってもんだ。

 弟はまだ少し遅れて来るらしい。だからその分余計に私に構って来たって事だろうな。私も何かの刺激が欲しくて家を出た訳だけど、家族が嫌いという訳じゃない。好きだし、出て行く時は寂しかった。

 でもそれはそれ。これはこれ。

 必要以上に構ってこられてもうざ――もとい、正直困る訳で。例えばどこぞの飼い猫とかだって、遠慮のない猫好きの客とかがやって来たら、身の危険を察知してタンスやらの家具の隙間とか、人の手の届かない所に退避したりもするだろう。私の体格がまさに猫くらいのものだったら、同じくそうしてどこかに逃げ込んだりもしていたと思う。

 人間等身大の私に出来るのは、人間唯一にして最大の武器たる知恵を働かせるくらいのもの。元、自分の部屋――今では殆ど物のない部屋に荷物を置いていってから、すぐに久しぶりの故郷を見て回りたいと母さんに申し出て家からの脱出をしようと試みて。それを、

「貴方疲れてるんでしょうそんなの明日にしなさい」という言葉で封殺されてしまったら、今度は誰かの来る余地のない場所に、正当な理由を以て逃亡するという知恵を働かせるのが最善だと、この頭は判断する訳で。


 という訳で。早速お風呂に入らせて貰う事にした。お湯のたっぷり入った、ごく普通のユニットバス。そこにゆっくりと体を浸からせる。

 こんな唐突は実家に居た時から珍しくなかったから、すんなりしたものだった。まあここに来るまで歩き続けて、その汗も早く流したかったし。構いたがりから退避したいという理由も少しはあったけど、一番の理由は、これからどうするかにあたって頭の中を整理したかったという事。リラックス出来るからか、お風呂に浸かってる間は凄く頭が回る。

 取り留めのない事を、しっかりと整理出来る。

 物書きの卵である私にしてみると、そうして頭を整理出来るお風呂という場所は、まさしく聖域(サンクチュアリィ)に等しい所だ。だから私は頻繁にお風呂に入る。

 ちゃぽん、と一つお湯が跳ねる。そんな音がはっきり聞こえるくらいには静かだった。

「ふー……」

 湯船の中で、足を伸ばしながら一つ大きく息を吐いた。

 さてそれじゃあ思考タイム。

 お盆の帰省――それはそれで帰って来た理由の一つだ。気になる事が別にあって、その為に行動しようと思ったのも事実だ。

 例の一家惨殺事件。それはここの隣町で起こった事だ。というか、その事件の舞台はこの地域一帯の中心部でもある。電車が通っていて駅もある、ここよりは都会な所だ。

 都会の方だから何かが起こった、なんて偏見はしたくないけど。この辺りの地元新聞には、まさしくこの辺り、地元で起こった事と、政治ネタとか、全国的に大きく話題となる事くらいしか記事にしない。あと目に付くのはテレビ欄くらいか。それとテーマのよく解らない変な四コマ漫画。この記事を書いている新聞記者は、いつも乏しいネタを探しに、この辺りを右往左往している事なんだろう。ご苦労様な事だ。

 そんな中でのあの記事。少女Aが亡くなったという話。別に愉快な話でもないし、普通なら倫理的に新聞に載せるのはいかがなものだろうって思うけど、それを指摘すべきだろう親族は少女Aには居ない。特に両親は、少女Aに先駆けてその二年前に揃って惨殺されてしまった。言っちゃ悪いけど、これはゴシップとしては恰好のネタになって然りなんだろうなと思う。

 ……もしも。

 少女Aが、自分の外の様子を知る事が出来たとして。

 生きる希望がそこにあったんだろうか。

 二年の間、動く事も出来ずにずっと死の淵に居た少女Aは、家族を失って、時間も失って――。

 ……駄目だネガティブ思考に陥りつつある。

 逆の意味で頭が回ってしまった。想像力豊かなのは物書きとしてはいい事だけど、そんなものを真剣に考えても私には解らない事だ。私は脳死どころか、三途の川を渡りそうになった事もない。近いものを見た事はあるけどな。

 知り得ない事は解らない。だからこそ、知り得る事だけを調べさせて貰おう。なぜに少女Aは、入院したままに高校に居たのだという話になったんだろうか。

 入学だけしていた、という意味じゃない。

 亡くなるまでの二年間、完全に在籍していたという話だ。目撃情報だってあったりする。

「むむむ……」

 考える。いろんな可能性がぼんやりと頭に浮かんでは消えていくけど。

 これだ! という天啓のような思考が出て来ない。

 これは困ったな。あの新聞記事だけじゃ情報が足りていないんだ。或いは、こんな所までスランプが響いてしまっているのか。

 やっぱり、これは直接行って確かめるしか。

 そう思い立って、顔を口元まで沈める。ぶくぶくと、口から空気を吹き出してみた。頭の方は未だ、上手く回らないままだった。

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