大Vtuber時代


 世は、大Vtuber時代である。


 巣ごもり需要による成長期を得て、大手Vtuber事務所2社が上場。また、国内の有名企業もVtuber事業に参戦するなど、日本でのVtuberの人気は、過熱の一途を辿っている。


『知恵下原 解熱』はニッポニアに所属している女性革命家Vtuberだ。6年前にデビューし、チャンネル登録者数は2024年9月時点で、122万人を突破している。ゲーム配信がメインだが、歌ってみた動画や、ショート動画の投稿を積極的に行っている。女性Vtuberのカリスマのような存在で、多くの女性からの支持を得ている。


 デビュー当時、ゾンビ系Vtuber『軽樽』とタッグを組んで結成した『ガールボナーラ』というユニットは、アイドル的な人気に加え、Vtuberユニットの代表、もしくは象徴のような存在になっていた。ガールボナーラチャンネルも、チャンネル登録者数が100万人を越える人気ぶり。


 今日も深夜に雑談配信を行い、8000人の視聴者を集めていた。



「チーズバーガーのチーズの位置は、パティの下の方が良いと思う」



 なんともコメントしずらい独特の主張だったが、鍛えられた解熱のファンからは、多くのコメントが寄せられる。6年間も配信をしていたら、視聴者のコメント力も成長を見せる。解熱の配信のコメント欄が、停滞することはない。次々にコメントが流れていく。



『うんうん』

『草』『草』『草』

『意味わからん』

『www』

『下にも上にもチーズはあるのでは?』

『チーズバーガー好きなんですか?』

『どこにあっても、味変わらなくね?』



 視聴者はリアルタイムでコメントをしている。コメントをするときは、反射だ。考えてはダメだ。じっくりと考えていると、コメントを書いている途中で、話題が過ぎ去ってしまう。話題には賞味期限、消費期限が存在した。


 そうして送られてきたコメントたちは、もちろん考えられていないので、ほとんど意味を持たない、効果音や、感嘆符、鳴き声程度の意味ものが多い。言葉の引っかかりがないので、目が滑っていく。流しそうめんの要領で、話題を広げることができるコメントを拾っていく。



「えー? 『味変わらなくね?』いや、変わるよ。上にあったら、下に垂れてきて、肉が全部チーズの味になる。カレー混ぜる派なの? わたしは混ぜないな。なんでも混ぜない。それぞれ単体で食べるのが一番だよ。なんなら、ハンバーガーとチーズを食べたいし、パンとハンバーグを食べたい」



 6年間もVtuberをしていれば、スラスラと言葉が出てくるようになる。配信を始めたころは、支離滅裂になったり、言葉に詰まったり、その場で心の中で反省会を始めて、無言の時間を作ってしまったりと、ダメダメだった。


 今では解熱はトークが売りである。


 6年活動すれば、最初のころとはがらりと変わる。解熱も、解熱の周囲も変わった。歴史の浅い業界だ。解熱はベテランとして扱われる。ほとんどのVtuberが、解熱よりも後輩だった。

 

 6年前にデビューした多くのVtuberが、引退、卒業、消失した。


 チーズバーガーに対する憤りを語り終わり、想いを馳せるのは、同時期にデビューして、数回だけ面識があった女の子。



「小湊 みさき、引退しちゃったね……」


『あっ』

『泣泣泣』

『卒業ライブすごかった』



 解熱はニッポニア所属、小湊 みさきはアンメリカ所属。


 ニッポニアとアンメリカという事務所の違いがあるにも関わらず、多くの解熱の視聴者は小湊 みさきの話題についていくことができる。Vtuberの視聴者は、推しのVtuber以外にも詳しい。



「何回か一緒にゲームしたことはあったけど、しっかり会話したことはなかったね。やってるゲームも似通ってたし、何かが違えば、もっとお話しする機会はあったと思うんだけどなあ。同じ大会に出てたりもしたから」


『ニッポニアとアンメリカだからね』

『相性悪そう』

『怖がられる』

『陰キャに、解熱は無理』


「わたしも卒業するってなったら、あれくらいの伝説を残したいものだよ。まあ、しばらく引退する気はないけどね。卒業とか、引退とか、まあ、ニッポニアでもよくあるけど、どうして発生するのかな?」



 解熱には、引退する意味が思い付かなかった。小湊 みさきがどうしてアンメリカを卒業したのか、よく分かっていない。会社の方針と相違があったと公式で発表があったが、それでチャンネル登録者256万人の巨星が活動をやめるのを良しとする会社が本当にあるのだろうか。


 解熱のなかにある下世話な心が真相を知りたがっているが、一方で、他人の事情など、どうでも良いという思いもある。エンタメに寄った脳みそは、小湊 みさきが卒業した理由に迫るノンフィクションのサスペンス番組とかがあったら、面白そうだなと考える。少なくとも、数字は取れそうだ。


 この考えを口にすることはない。Vtuberの中の人の事情を探るような発言は非難される。他人のプライベートを詮索すること自体、倫理に反する。Vtuberのファンは、いまだにおやくそくを大切にする人が多い。


 一方で、身バレ芸みたいな、仲の人の情報を開示することをコンテンツとするようなエンターテイメントも存在している。おやくそくのカウンターポジションに立って、有名になったVtuberもいるわけだ。


 新しい時代を切り開くVtuberがいるとしたら『Vtuberのおやくそく』とか『中の人の事情』とかを超越した人物だろうと、解熱は考えている。もっとも解熱が、そんなVtuberになることはない。


 革命家なのにね。


 そんななかで、一つのコメントが目に入る。



『次の伝説は、誰が作ると思う?』


「次の伝説ねー」

 


 解熱はコメントを拾う。次の伝説を語りたい気分だった。そんな気分だったのに、本音を言ってはいけないことに気付く。頭の中に思い描いた次の伝説は、Vtuberのおやくそくを破ってしまう。



「わたしが作っちゃおうかなー」



 軽口でいなして、本音を隠す。


 次の伝説は、『小湊 みさきの転生』だと、解熱は考えていた。


 

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