Vtuberの横顔~同期の陰キャVtuberの前世が、卒業した伝説のアイドルVtuberだった~
フリオ
一章 恩田 透水の中の人
伝説の卒業ライブ
Vtuberはいつも画面のなかで正面を向いている。
正面の顔だけでも、かわいいけど、(もしくは、カッコいいけど)僕は横顔が見てみたい。
Vtuberの横顔が見てみたいと思っても、なかなか辿り着くことができない。辿り着かないのは、横顔だけではない。裏の顔も分からない。視聴者はVtuberの正面の顔しか知らない。
綺麗な顔だけ見ていたら、それでいい?
いやいや、僕は女の子のつむじが性癖だ。
正面の顔だけでは、満足できない。
どうやら、Vtuberの横顔というのは、3D配信で見ることができるらしい。
「でもね、3D配信にはお金がたくさん必要なんだよ。アバターを作るのにもお金がいるし、スタジオを借りるのも高いんだよ。ちょっと調べただけだから分からないけど、専門のエンジニアも必要みたいだし。3DになれるVtuberは一握りなの。だからね、Vtuberの横顔は特別なんだ」
「つむじも?」
「つむじも」
凡打さんはつむじを隠す。
僕は机に広げたパソコンに、凡打さんの言葉をメモする。このメモが僕の商売道具である。メモを重ねて、本にしてお金を稼いでいる。僕はノンフィクション作家だった。
ノンフィクション小説は、実際に起こった出来事や、実在する人物に基づいて書かれた物語のこと。虚構であるフィクションとは異なり、想像上の要素は極限にまで抑えられ、事実に忠実であることが特徴だ。
もちろん、単なる事実の羅列ではなく、著者である僕の視点や、見解を加えつつ、読者を物語に惹き込むような形で描く。
箸休め大学に在学しながら、プロの作家としても活動している。とはいえ、堂々とプロですと言える実績ではなく、作家としての稼ぎで生きてはいけない。今では、セミプロのような状態だ。ノンフィクションの新人賞を受賞してデビューし、現在はVtuber雑誌の『底辺Vtuber仕草』というコラムを担当している。
個人勢Vtuber『凡打 どくとく』(ぼんだ どくとく)さんは、毒舌トークが持ち味でショート動画の投稿をメインに活動している。チャンネル登録者が400人のときに初めて取材に訪れた。今ではチャンネル登録者は1万人を越えている。少しづつだけど、数字を伸ばしていた。それでも、Vtuberとしての活動だけでは生活できないようで、スーパーでレジ打ちのバイトをしている。
僕と凡打さんは2002年生まれの同い年だった。他に2002年生まれといえば、Ado、藤井聡太、ディープインパクトなどがいる。若いころから活躍する人が目立つ。ディープインパクトなんて、3歳とか4歳のころに活躍していた。競馬と野球が僕の趣味だ。
この仕事を始めるまでは、エンターテイメントに興味はあったけど、Vtuberに興味はなく、黎明期を経て煮詰まったVtuber業界について知らないことばかりだった。初期のころは、3Dが当然だったと凡打さんは懐かしそうに語る。今では、3Dをメインで活動するVtuberは少ない。
「どうして3Dは廃れたんですか?」
「廃れてないよ。今でも3Dは特別。特別だから、日常にはなれない。日常がVtuberの基本だからね。だから今のVtuberが3Dで配信するのは、特別な日のことが多いよ。お誕生日ライブとかね。わたしも3Dで配信したいなー」
「事務所には簡単には入れない?」
「入れないよ。何度もオーディションを受けて、落ちてるんだから。書類審査はきっと通っているんだけど、動画で落とされちゃうの。非公開の動画だけど、七回再生とかになってるから、見てくれてはいる。きっと、やり方が悪いんだろうね」
「取材を受けている話をしたらいいじゃないですか。Vtuber活動が記事になったエピソードトークは、かなり好印象だと思いますよ」
「……その発想はなかった。今度、挑戦してみる」
「頑張ってください。結構、色んなところにヒントは転がっていますよ。僕が新人賞を受賞したときもそうでした」
「うん。ありがとう」
凡打さんは夢を追いかけて上京し、一人暮らしでVtuberをしている。このアパートも防音機能があるわけではないけど、防音シートを壁中に貼って、なんとか近所迷惑にならないように工夫している。それだけ目標に向かって情熱的で、行動力があって、知恵を働かせることができるなら、きっとオーディションにも受かるはずだ。
「凡打さんはどうして、3D配信をしたいんですか?」
「言ったでしょ、3D配信は特別だって。それは視聴者心理としてだけではなくて、プレイヤーにとってもそう。そして、わたしにとってもそうなの。特別だから、3D配信をしたいの」
「そういうもんですか」
「……今日、すごいの見せてあげる」
「……?」
「今夜10時から、アンメリカ所属のバーチャルアイドル『小湊 みさき』の卒業ライブがあるから。それを一緒に視聴しよう。そしたら、これが特別の正体か! って理解できるから」
小湊 みさき。
この仕事を始めてから、名前くらいは聞いたことがあった。
「そんなにすごいんですか?」
「そりゃね。国内最大手のVtuber事務所を支えたアイドルの卒業だから。まあ、軽く伝説にはなるだろうし、配信の歴史に名を残すことになると思うよ。ステージでは超新星爆発が発生し、コメント欄には虹が架かる」
凡打さんはウキウキだった。
いつもは毒舌で、話題になっているものを腐すような、嫌な感じのピン芸人みたいなスタイルなのに、小湊 みさきのことは褒めに褒める。そんなに凄いVtuberなのだろうかと調べてみたら、チャンネル登録者数は254万人。凡打さんが1万人のことを考えたら、やばすぎ。
小湊 みさきは陰キャのゲーマーだけど、ステージに立つと最高のアイドルになる。生粋のスター性と、オタクの心を掴む性格は、Vtuberとしての才能を煮詰めたような少女なのだろう。そんなVtuberが6年間の活動に幕を閉じる。
切り抜き動画を視聴していると、あっという間に夜の10時になる。凡打さんのモニターには、卒業ライブの待機所が開かれている。すでに同時接続者数は30万人にまで到達し、コメントの勢いは止まらない。まだ、始まってすらいないのに、スーパーチャットは虹を形成する。
僕と凡打さんはデリバリーの寿司を食べながら、ライブが始まるのを待つ。予定の開始時刻から7分が経過したころ、再読み込みが発生し、ライブ配信が開始された。
誰もいないステージが映し出され、音楽がかかる。
歌い出しと同時に、小湊 みさきが登場した。紫色の髪をしたスーパーエージェントが、アイドルの衣装に身を包む。一曲目は小湊 みさきのオリジナルソングで、ステージ正面のモニターにはアニメのMVが流れていた。
小湊 みさきは、涙声になりながらも歌って踊る。
この演出だけで、心を掴まれかける。
踊っている最中に、小湊 みさきは屈んだ。涙が溢れて、なかなか立てないでいた。ステージにはポップな曲が流れ続ける。
踊れなくても、なんとか声を出して歌う。
頭を垂れ、下を向き、必死で、そして、つむじが見えていた。
◇◇◇
Vtuberの卒業ライブでファンになって、この人を一生推そうと心に決めた人間の心は、一体どうしたらいいのだろうか。余命宣告をされている人に、一目惚れをしたような気分だろう。
少女は一人でステージに立つ。歌って踊る。何曲、何分経ったのだろうか。僕が見たその伝説のステージは、星の煌めきを象徴するように、一瞬。その一瞬で、流れ星のように虹色のスーパーチャットが飛んでいる。彼女の門出の祝いには、虹色の円が相応しい。
「ま、わたしにしては、よくできた」
一瞬を逃さないように、瞬きを忘れる。脳みそがチカチカする。すべてやり切った、小湊 みさきの涙声。この世の喜びと、悲しみを、細い、白い、指先に集めたような特別な宝石を、一口で食べてしまうような素朴な言葉は、僕のの小説の理想だった。
「じゃあね」
ライブ配信は終了した。隣では、凡打さんが号泣していた。僕の腕に鼻水を擦り付けている。
じゃあね、だってさ。
またね、ではなく。
最後の一言まで完璧。
僕はノンフィクション作家としてこの伝説のライブの記録を文字にする。同時接続者数100万人、スーパーチャットの合計金額は4600万円。涙を流した人は数えきれない。心にぽっかり穴が空いた人は、少なくとも一人。
心の穴を埋めるために、僕は言葉を探した。きっとノンフィクション作家だから、探せば僕の内側に、簡単に言葉は見つかった。
「バーチャルユーチューバーになる」
その言葉を見つけたら、心にポッカリ空いた穴は、宝石箱になった。
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