15-3

「……ご迷惑を掛けたんでしょうか」

 件の場から遠く離れて。喫茶店の中で、テーブルの上にて項垂れる人形一人。

「迷惑っつーか……」

 微妙に贅沢気分を味わえる程のおひねりを頂き、今現在休息以上に堕落をもたらしている訳で。パフェやらなんやらを、姉ちゃんはぱくぱくがっついて存分に甘い思いをしてる。

「人目を引くんだよ貴方。だからそいつから離れちゃ駄目。大人しくしてないとね」

 食いながら、姉ちゃんは里香さんに言う。

「……、そうですね。こんな、ですもんね」

 ぎぎぎ。

 弱々しく腕を上げる、そんな自分の腕を見つめる里香さん。

 可哀想だけどなあ。そりゃ、好きで人形に取り憑いたってのでもないんだしな。

 むう。俺らはここで、物を食う、飲む、とかするけど。里香さんは、

「ほら、しょぼくれてないで。折角の遊園地だよ。遊びの園の地だよ。貴方も覗き見くらいなら許可するから、楽しんでいかないと駄目だ」

「はい。ですけど……何を楽しめばいいんでしょう」

 ……遊園地で何を楽しむか? 遊園地そのものの存在否定みたいな問い掛けだけど。

 思考。

 ジェットコースター――飛ばされる。

 メリーゴーランド――……。

 お化け屋敷――敢えて論外。

 消去法で一つしかない。


 という訳でメリーゴーランドに乗った。俺の鞄の中でだけど。

 上下にゆっくり動きながら場を回る馬の上で、里香さんとコロすけが何を思ったのか、俺は見えなかった。極力人目からは隠す形だったからな。

「どうだった?」

「どうなんでしょう」

 どうやら満足するまでは行かなかったらしい。

「揺れて動いていましたけど、この中もずっとそうでしたから」

「だよな」

 よく考えればそりゃそうだ。常時メリーゴーランド状態なのに、普通のメリーゴーランドに乗ってどうなんだと。

 じゃあ他に何があるだろう。静かな乗り物系も駄目となると――、

「仕方ないなあ。まあそろそろ時間も時間だし」

 そう言った姉ちゃんが、一点を指差す。

「遊園地といえばの、とっておきの乗り物」

 それは、ここに来る時に一番最初に見えた乗り物だった。




 窓の淵に立つ、里香さんとコロすけ。

 約十分程の間、誰にも見咎められる事のない密室だ。初めて堂々と、二人を鞄の中から出す事が出来た。

 上っていく観覧車の中、二人はずっと窓にへばり付いている。好奇心が窓の外を注視するように命じてるんだろう。借りて来た猫並の大人しさだ。

「高所恐怖症とかでなくて良かったね」

 姉ちゃんが二人の様子を見て言う。寧ろこいつらは恐怖させる側に居るんだけどな。

「……ご主人様」

 里香さんが、放心したような声をして言った。

「なんだ?」

「下が、とても小さく見えます」

「高いからな。まだまだこれは上がるぞ」

 見入ってる。夢中になってる里香さんって、初めて見るな。

「……ご主人様」

「なんだ?」

「これは、広いですね」

「そりゃあな」

 ずっとあの狭い部屋に居たら、解らないだろう。この世はとても広い。広過ぎて殆どの事が解らない程に。多分俺は一生、世界全部を見て回る、なんて事は出来ないだろうな。本当、ここから下に見える、小さく動いてる点々程度の小さい奴だ。ここみたいな高みに居続けるなんて出来やしない。

「……これは、どこまで上っていくものなんでしょう」

「んー」

 真ん中の支柱はもう下に見えるからな。前にある籠ももう正面を向いて見えてるし。

「そろそろ頂上だろうな。これの前にあるやつが真正面に見えたら、後はおんなじ時間で降りていくよ」

「そうですか……」

 里香さんは見入っていた。

 言った通り、前の籠が真正面に来た時には、里香さんはいつの間にか上を向いていた。

 これより上には空しかない。今この瞬間が空に一番近い。俺も一緒に空を見てみると、一つ明るい一番星が目に入った。

 後はもう降りていくだけだ。空からどんどん遠ざかって、また地面に降りる。結局、俺らは地面に居るのが一番落ち着く。地面が迫ってくる程、またそこに立てる事を心待ちにしてる。

 もうすぐ一週という所まで、里香さんはずっと空を見上げていた。


 ――。

 ――そうだ。もっと早くに気付くべきだったんだ。

 死者は、いずれ天へと昇っていくものなんだって。

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