15-2

「……流石に、ちょっとはしゃぎ過ぎた……」

 昼辺りには、半ばぐったりとした感じの姉ちゃんの姿がレストランの中にあった。……子供じゃないんだから、そりゃこうなるわ。

「楽しかったんじゃないの?」

「楽しい……」

 ……ってなんだろう。と後に言葉が続いてもおかしくないニュアンスだった。当初のテンション度が百とするなら今は一桁台か。そういえば最後までジェットコースターをなんとなく避けてたように感じたのは、やっぱり過去のトラウマからだろうか。なんの事はない、あの時、俺は乗れて姉ちゃんは乗れなかったってだけだ。怖いとかじゃなくてだ。あの時から、俺の方が身長が高かった。

 閑話休題。取り敢えず俺達は昼ご飯を食べた。値段が味に釣り合ってるとはお世辞にも言えない微妙なランチを食べ終えて、今はジュースを飲んでる。

「あんたは楽しかった?」

「並みの中の下の上くらいには」

「どっちかっていうと五十点より下の評価だね」

「これでもまあ、思ったより楽しめた方だけど」

 参加の時点で半強制的だった事を考えればな。

「淡泊だよねえ。もっと前向きになっていこうよ。これで女の子と来ても予行演習ばっちりだって」

「今の所そんな予定は全くないけどな」

 そうした淡い青春を期待する心は、あの部屋に住み始めてすぐに捨てた。

「寂しいなあ。浮いた話の一つもないってねえ」

「姉ちゃんの方はどうなんだよ」

「浮いた話?」

「うん」

「あった方がいい?」

「って……知らねえよそんなの」

 ……見ると姉ちゃんのにやにや笑いが出現していた。駄目だ、こと俺いじりに関しては、姉ちゃんはプロだ間違いない。俺の反応を見て楽しんでるんだ。

「へえー? なあにおとーと? ねーちゃんがどっかの誰かのとこに行っちゃったら寂しいって?」

「ちげーよ。ほら、あれだ、そういう経験あったら書き物の新しいネタも出来たりするんじゃないかなってさ」

「はっ、興味ないね」

 姉ちゃんは背もたれに身を預けて鼻で笑った。

「接待じゃないんだから、他人の顔色窺いながら何を楽しむってのかね。男百人から誘われたとしても、あんたと遊んだ方がずっと気楽だよ」

「そうかよ」

 こりゃあ後十年経ってもなんにもなさそうだな。その分俺と遊ぶって事なんだろうけど、今までの歴史を鑑みるに、俺“で”遊ぶという方が正しい表現になるかも知れない。

「はあー、子供はいいよね。なんにも考えずにパワー発散出来るから」

 窓の外。親のずっと先を走り回る子供の姿を見ながら、姉ちゃんは言う。多分俺らは、その画の中に映る親の気持ちの方がよく解る気がする。すぐに疲れてしまうんだから、なにも行ったり来たり走り回らなくても。

「だよなあ」

 ジュースを一口飲む。これにはストローが最初から刺してあったけど……どうしてだろう。口を付けて飲むのもストローで飲むのも自由だ。口を付けて飲む時には、全く邪魔なゴミに等しい。多分それは碌な活躍を見せないまま、後でぽいっと捨てられるんだ。悲しい話だ。

「まだまだ解らない事だらけだよねえ」

「知ろうとしなけりゃ一生解らない事もあるだろうけどな」

「私は浮いた話を作る気はないよーっと」

 座りから立ち上がる姿勢をして、残っていた自分のジュースを一気に飲み干す。頭一つ出ての豪快っぷりだ。多分今一瞬、このレストランで凄く目立った。

「じゃあ、後半戦に行こっか」

 宣言を受けて、俺も残りを一気飲みした。見下ろす姉ちゃんを見上げて、ジュースを飲み終わってから立ち上がった。




 食った後の一発目にジェットコースターへ。

 あんまりお勧め出来ないんじゃないかなっていう選択を、姉ちゃんはあっさりしてしまった。

 流石にまあ、身長制限はクリアして、いざ搭乗。

 ――一言で言おう。姉ちゃんはすっげえ喜んだ。

 乗り終わってから、「もう一回」と間髪入れずに再び列に並んだ。

「俺は外で見てるから」そう言って俺は列の中に混ざる姉ちゃんを離れて見てた。乗りたくてうずうずしながら、がきんちょ達の中に、一人で並び順番を待ち続ける姉ちゃんの姿は、見てるこっちに微妙なもの哀しさを抱かせてくれた。順番が来て、嬉々として乗り込んでいったジェットコースターを眺める。そのコースターが頂点から走り出して、幾つか上がった悲鳴に混じって「あははははは――!」と一際大きな笑い声が聞こえた。

「いやーこれって本当いいものだねえ」

 戻って来るなりどっかの映画評論家みたいな感想を述べる姉ちゃん。思いは充分伝わって来た。喜んでいたようでなによりだ。

「あれ?」

 そんな姉ちゃんが、素っ頓狂な声を上げる。そして指差した。俺の鞄、ちょっと開いていて、コロすけがちょいちょいと手を伸ばしてる。

 姉ちゃんのはしゃぎようを見て興味が湧いたのか?

「乗りたいっつっても絶対駄目だからな」

 ふるふる。首を振る。どうやら乗りたいとは違うらしい。

「里香ちゃんは?」

 姉ちゃんの一言。それで一瞬頭の中が凍り付いた。

 ……。

 居ない。

 居ない!?

「いや待て待てどこ行った!?」

 鞄の中に里香さんが居ない。これは不味い非常に不味い。迷子とかそんな問題じゃないぞ。あれが何か動いてる所を見られたらとても不味い。

 一体どこに行ったのか。探さないと。

「と、とにかく来た道を戻って」

「やっと見付けましたご主人様ー」

 向こうからちっこい人形がとてとて走って来る。

 わーやべ、いっぱい居る中で動くな喋るな!

 短距離走以上の本気ダッシュで里香さんの元へ。

 でも救い上げたその時には、周囲から、もう目線が、色々と。

 ……これは不味い、非常に不味い。勝手に動く人形なんかが世に晒されればどうなる事か。

 どうしようどうすればいい。なんとか誤魔化さないと。

「み、みたかいおねえさんこのてじなをー」

 姉ちゃんと目配せをする。

「わ、わーすごいねおにいさん、これってどうやってうごいているのかなー」

 姉ちゃんも意図を汲み取り話を合わせてくれる。

「お、おおこれはだな、いわゆるよにいうアレとかでうごいているんだよー」

「わー、たねもしかけもないんだねー……」

 ……。

「ご主人様?」

 理解不能だろう里香さんが喋っちゃう。

「お、おだいはこちらっ!」

 持っていた鞄を、視聴者様に差し出す。

 ざわ……ざわ……。

 人々の、小さなざわめき。

 ううやっぱり……。

「――なんだ。腹話術か」

「超能力か」

「大道芸とかか」

「勝手に動いたり喋ったりしてたみたいだけど」

「そーいう芸なんだったらそうだよな」

 わーぱちぱちぱち。ちゃりーんちゃりーん。

 ……解ってくれた。

 いいのか? いいらしい。うん、これで良かった。みんなの気持ちが一つになったと思われ。

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