15-1 捧げたる徒花
「遊びに行こう!」
姉ちゃんがこの部屋に滞在して二日目。朝にいきなりがばっと起き上がって、一言目に言った台詞がそれだった。
「……、なに、急に」
こっちはまだまだ夢の途中だったってのに、強引に叩き起こされた感じだ。なんで姉ちゃんはこんなに元気なんだろう。
「言葉の通りだよ。何か?」
何か? じゃねえ。
「……おはよう」
挨拶してみる。
「うん、おはよー」
どうやら目は覚めてるらしい。
「で、なんだって?」
「遊びに行こう」
寝惚けてもいないらしい。
「遊びに行くって……どこに何しに行くんだよ。俺はあてなんて知らないぞ」
「単純でいいんだよ。遊園地とかさ」
どうやら俺は遊園地に行く事になるらしい。いや断言出来る。俺はこれから遊園地に行くんだ。
「なんで!?」
ほわっと。ほわい。あいどんのう。
理解を要する為に、可能な限りの抵抗を行う。
「いやーだってさー」
――にやり。
「“こんな所”に一人で居る、なんて事が解ったら、そりゃあ“誰でも”心配するってもんでしょう?」
最初の一撃で抵抗終了。正論プラス脅しが含まれてる言葉は、自然と人の心に説得力を抱かせるものなんだなあ。今のを裏の言葉を含めて訳すると、つまり“言う事聞かなきゃ親にばらすぞ”と。
これ以上は無駄な労力でしかない。そうした現実を認識していながら、それでも抵抗を諦めない奴を滑稽だ愚かだと笑われてしまうとしたら、一体この世の何人が笑われずに済むだろうか。
「金がないぞ」
「出してあげるよ」
「大学はいいのか……」
「弟よ……大学の成績と家族の触れ合いと、どっちが大事よ」
大学の――。
「……触れ合いです」
言える訳がない。
「宜しいそれでいいんだよ」
「面白がってるだろこれ」
「半分正解。半分間違い」
姉ちゃんは、布団からもそもそと四つ足で這い進んでいって、冷蔵庫を開けて、牛乳パックを出した。
「貰うよ。出来れば瓶のが良かったけど」
「俺はそこまで凝ってないの」
その場に立ち上がって。腰に手を当ててごっきゅごっきゅ、ふっはー……と大きく息を吐いた。
「あんたがここで上手い事やっていけてるってね、それは凄いよ。可愛い人形ちゃんとか、天井から何かぶら下がってるとか、そこにあるツインテールの裏っ側とかも面白そうだったけどね」
まだ布団の上の俺を、姉ちゃんが見下ろす。決して背が高くない姉ちゃんなのに、そうして俺を見下ろしてる姿は凄く姉ちゃんに似合ってる。威圧的というか。
「だけどまともじゃないのも確かだよ。ここで余裕で暮らせてるとしても、いつもそうだと限らない。心の弱る時もある。そうしたら、ここに居るいろんなものがあんたに牙を剥くんだよ。
まあそんなのよっぽどの事だろうけどね。あんたがそこまでへこむなんて見た事ないもの。
という訳で、正解は面白半分、心配半分なんだよ」
「……で、遊園地?」
「姉ちゃんが余裕を持たせてあげようって事だ」
「遊園地が?」
「遊園地でも。お望みなら四択で選んでいいよ? 競馬場か、雀荘か、居酒屋か、それと遊園地のどれかで」
「……遊園地で」
告白しよう。俺は口先と行動力で、姉ちゃんに勝った事がない。
・
あいにくながら、俺はここから一番近い遊園地なんて知らない。調べようにも電話帳もないし、この辺り一帯の地図もない。
その上で「じゃあ行くよ」と俺の手を引っ張って先を進み行く姉ちゃんは、バスに乗り電車に乗り、そして気付けばでっかい観覧車が見える所まで来てしまった。……一体いつ道を調べたんだ。俺の部屋に乗り込んで来たその時には、既に遊園地にまで行く事を計画してたとしか思えない。
入口で、姉ちゃんは「大人二つー」とチケットを購入した。……姉ちゃんなら子供のふりしたら子供料金で――げふんげふん。
「さあやってきましたゆーえんちー」
なんだか精神年齢が見た目レベルにまで下がったような喋り方だ。姉ちゃんなりにテンションが上がってるんだろうか。
「どうしたおとーとー、元気ないぞー」
「うん、そりゃ、最初の内はな、そこそこ元気も出せたんだけどな……」
「ここが、ゆうえんちという所なんですか」ぴょこ。ぴょこ。
俺の持ってる鞄から、二体の人形が顔を覗かせた。着せ替え人形の里香さんと、北の国からやって来たコロすけ君だ。
「そうだよ、あそびそのち」
「あそびその……?」くりっ。くりっ。
二体が一緒に首を傾げる。
……こいつらが一体何か、それはもう言うまでもない。幾ら仕草が可愛かろうが、今現在のおかしな状況が変わる筈もない。
電車に乗って、その途中に来るまで全く気付かなかった。突然鞄がもぞもぞ動いて、なんだろうと思って開けてみると、「ここはどこでしょう」といきなり喋る人形――里香さんとコロすけが居た。速攻で鞄を閉じた。その後小声で、なんでここに居るのか聞くと、昨日鞄の中に入ったまま眠ってしまったんです、との事。
都合が良すぎる!
――うーん、来ちゃったものは仕方ないしなあ。ちょっと可哀想だけど、なるべく鞄から出ないようにしてねー――。
姉ちゃんはこの二体を見て、少しにやにやした顔をしてそう言った。この件には、姉ちゃんは関わってないらしい。全く想定外の事らしい。
やっぱり都合が良すぎる!
「はー、遊園地に来たのって何年ぶりだろうね。あんたはちっちゃかったから憶えてないでしょう」
「いやしっかりと憶えてるから……」
だけど記憶としては結構昔だったのは間違いない。姉ちゃん、今度はジェットコースターに乗れるといいな。
「よし何から行こうかー。今の遊園地って昔より色々あんのかなー」
パンフレットを開いて、うきうきした顔を現す姉ちゃん。
「なんだかとても楽しそうです」
里香さんの声。
「お前らは絶対に大人しくしてろよ」
ここで見付かってしまったら、曰く付きとかでなく、遊園地のおもちゃとしてがきんちょにさらわれてしまうかも知れないしな。
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