14ー1 突然たる来客

 ぴんぽーん。

 ――呼び鈴とは、住人に用事がある故に鳴る、来客を知らせるもの。

 鳴ったからには出るが礼儀だ。だけど呼び出す方にも相応の礼儀が要るだろう。この国は様々な事が礼儀で成り立ってる。ぴんぽんダッシュとかしやがるがきんちょとかは祟られてしまえ。

「はーい」

 と返事をした所、扉の向こうでばたばたするという気配はない。悪戯目的のがきんちょではないと判断して、少し安心して戸を開け、

「やっほ」

 そこには満面の笑みをして、手を振ってくる女の姿が。

「うわあ」

 事件です。姉ちゃんだ。

「いいリアクションだあ弟」

 それはまるでがきんちょみたいににっかりと笑った。


 俺の姉ちゃん。

 作家志望の文大生だ。作家の卵だ。二歳くらい年上だ。

 でもなんでここに居るのかが解らない。姉ちゃんはここではない遠い地で、俺と同じく大学通いの一人暮らしをしてる。筈。

 今日は土曜日。明日は休み。つまり、これは一人暮らし恒例、家族による、“突撃、遠くの俺んち”という事か――。

 ってやばいよ色々と。


 ――姉ちゃんを一言で表そう。“変”。

 二十歳を越えて若干大人しくもなって来たけど、それ以前といえば、本当変なネタに困らない。

 例えば、姉ちゃんの受けた文系大学の入試面接の際、「尊敬する作家は?」と聞かれて

「岸辺露伴です」と答えたそうな。あの時に浮かんだ突っ込みを今一度回想する。

 漫画家じゃねーか。つか漫画の中の人じゃねーか。つかまともな奴じゃねーよ。どうせならそいつを書いた荒木さんを挙げてやれよ。

 これで受かったんだから解らない。合格発表の際、本人は大喜びをしてたけど、本人以外は喜ぶ前に若干引いた。

 そして今に至るまで、何かと逸話を増やし続けている。最近の近況報告ではこんな会話をしたな。『こないだね、幼稚園の子達に絵本作ってあげてさ、喜んでくれたよーかわいいよねー』と、それはほのぼのとするいい話だ。その時電話越しに聞こえていたBGMがデスメタルじゃなかったらもっといい話だった。


 こんなのが上に居るんだから、その下に居る弟である俺がどれ程の苦労に苛まれてきたか、それは語るまでもないだろう。勿論、ここで追い返すなんて事が出来る筈もない。私情とは全く異なる理由で、姉ちゃんの為にも部屋には入れさせない方がいいだろう、とは思っていても、説明なく引き下がる性格じゃないし、逆らうのも怖い。

「へー、いい部屋じゃない」

「うん」

 で、結局部屋の中に入れる事に。部屋をきょろきょろと見回す姉ちゃん。

 仕方がない。遂にこの時が来てしまったんだ。最も知られたくない家族に、こんな現状を知られてしまうこの時が。

「母さんに聞いたんだけどさ、家賃も安かったんだって?」

「学生特価だったんだよ」

 嘘。

「ほー……あんたの事だから、安さに釣られて変なの掴んだーってオチかと思ってたんだけど」

 ぎくうっ。

 動揺度最大値。まさにイグザクトリィ、その通りでございます。とは絶対に言えない。

「そういう事ならね。悪くなさそうな部屋だし、お姉ちゃん安心したよ」

 ってこっちに笑顔で振り向く姉ちゃん。

 ――ぅぁぁ……。

 その時ずるりと、姉ちゃんの後ろに黒いものが垂れ下がった。逆さ髪の毛! お逆さんか!

 出るな! 引っ込め引っ込め! と手で合図する。

「ん? なにどうかした?」

 姉ちゃんが後ろを向く。

「いやなんにも。ちょっと蚊がね」

 その時にはもう何もなかった。

 良かった引っ込んでくれた。このパターンお約束だからな。後ろに気配を感じて振り返っても何もないっての。怪談とか「しむらうしろー」とか。

 でもやべえぞこういうの。あいつらはちょっかい出す気満々だろうけど、この姉。こんな性格だからか、オカルト系の耐性も半端じゃない。

 かつて、俺らが一桁歳の頃。姉ちゃんは肝試しと称して近所の男友達をかっさらい、夜の墓場に突入させて全員を泣かせた。そしてそれを見てすっげえ喜んでた。そんな話もあるくらいだ。

 まずいぜ曰く付きども。この姉ちゃんを相手にするのだけはやめとけ。

「なー弟」

「ん、なに」

「えろい本どこ?」

「やめんか!」

「えーつまんねーよー」ぶーぶー。

 と文句言いつつ机の引き出しとかを漁ろうとする。プライバシーも何もありゃしない。

 これは洗い浚い見付かるのも時間の問題だ。えろい本とか人形とか。コロボックルさんはまだいいけど、里香さんはちょっとな。問題はそれ以上やばそうなのがいっぱいあるって事だけど。

「ん?」

 一通り机を漁ってから、姉ちゃんがある一点をじーっと見る。

「なにこれ」

 そこを指差す。

 それはふすまに貼ってある、ポスターだ。某ウルトラ怪獣で、海老の味がすると評判の。

 かつて、とあるいたずらっ子に破られてしまった所。

「ツインテールだよ、見りゃ解るだろ」

「ツインテール好きなの?」

「いや好きで貼ってるんじゃ」

「わあ、マニアックぅ」

 ……間違ってはないけど。言葉だけの解釈によっては違う意味に捉えられてしまう可能性もなきにしもあらず。

 でもその裏には、異なる意味でやばいってのが二つ程ある。勿論公になどする必要はない。誰にも知られずに時が過ぎて行けば、それは平穏にしていい事だ。例えそれで俺に変な不名誉な認識がなされようとも。

 とにかく、帰ってくれるまでなんとしても誤魔化し切らないと。

「ああ、そういえば、今日の天気でも」

 昼を過ぎて、もう特に気にする必要もないだろう事を気にしてみて、テレビのスイッチを入れてみる。ぶんっ、とブラウン管起動の音がして、音声がすぐに聞こえ、画像がゆっくりと滲み出てくる。

「ところで遠くから来て疲れただろ。お茶でも飲まないか」

「あ? うん、ありがと」

 ちょっといぶかしむ気配があったけど、深く考えさせちゃ駄目だ。

「……なーんか怪しいなあ」

 ぎっくう!!

「みょーに優しくなった気がするし。何か隠してる気もする」

 いぶかしむよりも上の段階になってる気がします。

「何を言ってるんでしょう。そんな事ないですよー」

 どうやって誤魔化したものか。取り敢えずガスを点けて、やかんを置いて、考えてみる。うん、この紅茶、砂糖と塩を間違えてみようか。一服盛ってのどさくさで疑問を吹き飛ばすしか。確実に鉄拳制裁が待ってるだろうけど。

「あれ? なにこのテレビ」

 変な声が聞こえた。

「何か井戸みたいな……」

 台所から急発進!

 素早くリモコンを手に取り電源ボタンを押して切る!

「あれ、まだ天気聞いてないんじゃ」

「いやいや天気なんかもうどうでもいいですから」

「うーん。じゃあさっきのって」

「怪談特集でもしてたんじゃないか?」

「普通のアナウンサーのニュースだったような……」

 おかしいだろう。おかしいと思うかも知れない。でも僅かでも、今冷静に考えて貰う訳にはいかないんだ。

 ――もそもそ。

「あれ?」

 今度はなんだ。

「なんか押入れから音が……」

「また出たかー!」

 押入れの所を体で遮って、がらっとちょっと開ける。

「こらあ、あんまり通り道にするってんならバルサン炊くぞー」

(こめんなさい里香さんコロすけちょっとの間ここで静かにしてて!)

 小声で、小さな人形達にお願いをする。

 すー、ぴしゃん。

「なんか出たの?」

「あーいやそのまあ、ネズミみたいなのがさ、たまに通り道にしてたりするんだ」

「それ放っておいていいの?」

「あー、うん、掃除とかしっかりしてたら害虫を退治してくれたりするいい奴なんだ。ちょっと臆病だから、あんまり覗いたり脅かしたりしないで欲しいんだ」

「そうか……押入れにネズミって、どっかのネコガタロボットが居たら発狂してそうだよね」

「いやいや本当、ネコロボットとか居なくて良かった」

「そうだねえ……ところでさ」

「な、なに?」

 今度は何を見付けたんだ。これじゃ心労が重なって仕方ない。

「お湯、沸き過ぎじゃない?」

「どわあ!」

 今度は現実的にやばい問題か!

 急いでコンロを止める。お湯が、蒸発して最初の半分くらいに減っていた。

「あんた、本当にだいじょーぶ?」

 顔を見た時、姉ちゃんはすっごい悪そうな笑みを見せてた。

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