9ー1 人の夢と書いて
俺が一人で暮らすようになってから、まあ真っ当な方面でなくろくでもない事ばっかりあったけど。
そういう系とは無縁の、憩いのひと時となる場所もあった。
俺の通う大学だ。
ここはいい。ここに居る限り、俺はそーいう系の存在を綺麗さっぱりと忘れる事が出来る。例えば校内どこかに人形があったとしても動き出すとかしないし、壁に染みを見付けたとしても、それが人の顔みたいに見えるとかもない。虫が沸いて出た、としてもそれは只の虫だ。放っておけばそれは窓から出ていったり飛んでいったりする、何の変哲もないものだ。一匹程度の虫野郎だ。
なんにもおかしい事がない。ああそれはどれだけいいものだろう。
勉強をする。学校なんだから、それは当たり前であって、それ以外の何かに怯える必要なんて、ここにはない。
……そう思っていた時期が、俺にもありましたよ。
美術室。
ここを訪れる理由があるとするなら、まさしく美術に関係する用事があるから、という理由でしかない。
勿論、俺もこの時には美術関係の用事があったからここに来た。理由はまあ、大した事じゃないけども。それ以外の用事で来るってのは、特に思い付かないな。例えば、「カップ麺を作りたい。そうだ美術室に行こう」という流れはどうだろう。ないだろうな。素直に理由を言えばいいんだ。絵の具を貸して下さいってな。
ノックする。
返事がない。
がらがらと開ける。
びびったわ。
目の前に生首。
それは例えば、美容師が練習に使う、マネキンの頭だけみたいなの。見開いた目が非常に不気味。
それが目の前の机の上にぽつんと乗っかっていた。
あれ、トラウマなんだよな。リアルな大きさで、作り込み良くて、無表情。
妙な生々しさがあるんだ。特にその眼。あれ絶対こっち見てたりする気がする。リアルだから。
だけどまあ、そんなのがたまたまあるってだけで、それがどうにかなるって訳でもないだろう。
さっさと用事を済ませて出て行ってしまえばいい。
頼まれた道具がこの部屋のどこかにある筈、だけど。
戸棚辺りをがさごそと。
――。
……視線だ。多分恐らく絶対にだろうけど、あり得ない筈の視線が後ろから刺さってる気がする。あの首は、最初扉の方を向いてたんだ。多分誰かの悪戯だろう。
――。
がさごそ。
うん、これで全部、道具は揃った。
それでは、奴を視界に入れないよう、扉に向かって行って、
「失礼しましたー」
目線は遠くに。一礼して。がらがらぴしゃん。
――ところで、学校と言えば、まあ大体どこにでも定番のお話があったりする。いわゆる七不思議とかいう、曰く付きの怪談だ。
そういった話は、まあ大体定番がある。トイレにまつわる話、階段にまつわる話、肖像画とか、彫像とか、それ系の話。
この大学にもその手の話があったりする。その中の一つに、歩き回る生首、という話があって。
生首だ。首と、その上だ。それが歩き回るって、まあおかしい話だけど。
嘘か本当か、見た奴が居るらしい。そのまんま、生首が歩き回っていたと。
俺は一般人だ。坊さんの家系でも、お清めとか出来る親戚とかが居る訳でもない。その辺りは本当だし、周りの奴らにもそーいう関係とは完全無縁であるという振る舞いをしてる。
問題は。
そっち系の方から、俺の周りにある曰く付きな空気を察してるのか。
向こうから関わって来るって事だよ。
だからあの生首――マネキンの頭を見た時に、びびりながらも、ああ、そうかと、妙に冷静に納得もしてたりした。それ以前に七不思議の話を聞いた時に、なんとなく嫌な予感はしてたけど。
――借りた物は返さないと。
という訳で、絵の具を持って戻って来た。
美術室。
扉の前まで来て、思いっきり嫌な予感がして来た。扉を挟んだ向こう側から、形容しにくい負のオーラが漏れ出してる気がする。
出来ればこの扉の前に絵の具一式を置いて、とっとと帰りたいんだけど。
……そうもいかないよな。借りた物は返す。元あった場所にきちんと仕舞う。それは最低限のルールとマナーだ。守れない奴は爆発しろ。
「……失礼しまーす……」
戸口に手を掛け、
色々考えても仕方ないよな。と普通に開ける。
――ない。
生首はない。
見える範囲に、人の顔らしきものはない。
……。
一歩部屋に踏み入れる。
――扉の陰の至近距離から生首の顔が――!!
「おじゃましまーす」
あったけど、入室の断りを入れて普通に入る。
絵の具を元あった戸棚に仕舞って、
「ふう」
物を元通りにするのは気持ちがいいな。
すたすたすた。
「それでは失礼しましたー」
生首の方に一礼して、
がらがらぴしゃん。
ふう。
びっくりした。ああびっくりした、そりゃそうだ。
いきなり人の顔が出て来たら驚く。誰だって驚く。当たり前だ。
でも以前に言われた事もあったしな。人の顔見て「うおっ」とか驚いてはいけません。
大事な事だ。礼儀でもあるけど、一々これで驚いてたら疲れる。俺は一日で何度驚けばいいんだと。
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