6 コロボックル

 ある時、同じ大学に通う女の子とちょっと仲良くなった。

 これは素晴らしい。大学生活の潤いだ。

 ゆくゆくはもっと親密にもなったりして、あんな事こんな事みんなみんな。

 ……って夢見たりもしたけども。一つ凄い問題があるんだよ。

 俺の部屋は、まあ色々と出てくる曰く付きなんだよな。女の子とか以前に、誰を呼ぶのにも困る所。

“怖がりません。引きません。呪われても責任追及しません”こんな誓約書にでもサインしてくれないと、とても中には招けない。

 試しに一枚作ってみた。凄くむなしい気分になった。

 しかし、それでも我が家だ。帰る場所があるんだ、こんな嬉しい事はない。例え迎えてくれるのが魑魅魍魎の類だったとしてもな。


「ただいま……」

 ある時、がちゃり、と玄関を開けると、

「おかえりなさい。ご主人様」

 って出迎えてくれる。着せ替え人形が。ちっちぇえのが。

 敢えて言おう。こいつは曰く付きだ。霊的な何かでぎくしゃく動いてる。

 メイド服を着てる。だけど家事が出来る訳じゃない。なにせちっちぇえんだもの。人体の(大体)10分の1くらいのスケールなんだから。炊事、無理。洗濯、無理。掃除は一応出来るけど、その為に里香さん(人形)は自分で専用箒を作った。割り箸を軸に糸を束ねて括り付けてる、里香さん専用のミニチュア箒だ。手先は器用なのかも知れない。

 部屋は畳敷きだ。その床をいつも一生懸命掃いている。メイド服を着てるからそれっぽい事をしたいのか。これが小人さんとかだったら、「かわいいー」とかのたまうお馬鹿さんも居るんだろう。いや俺も、最近ではちょっと可愛く思えて来てる。慣れって怖い。

 だけどもう一度言う。こいつは曰く付きだ。

 若干微笑み気味の着せ替え人形が、全く表情を変えず、黙々と箒で床を掃く。因みに動力は完全不明。飲み食いは完全不可能。でも喋る。どうやって喋っているのか(以下略)。

 その図をどう思うだろうか。お人形遊びをする年頃の子だったらいい感想を抱くかも知れないけど。一つ言えるのは、俺はお人形遊びはしないという事だけだ。

 まあこの本人は楽しそうだし、こっちに危害とかも加えて来ないから、そうして貰う分には全然構わない。掃除機掛けた方が百倍効率いいんじゃ――というのも封殺。例え妖怪変化であっても、女の子が尽くしてくれるという図は、鶴が恩返しをしてくれた古(いにしえ)の時代からのロマンだ。妖怪ポストとかどこかにないかなとか本気で思う事も、この里香さんのお陰で大分減った。


 そんな光景にも大分慣れてきた、ある日。

 ぽんぽん。

 机に向かって勉強中、何かに背中を叩かれた。

「里香さん?」

 振り返る。と、

 里香さんじゃないちっちぇえ人形がそこに居た。

「うおっ」

 びっくりする。あとずさる。幾ら耐性があっても、新しい何かが突然出たらそりゃあ驚くわ。

 しゅたっ。

 そいつが元気良く手を上げた。いやそいつには見覚えがあった。あれだ、あの怪しげなサークルから貰った――いや渡された――いや押し付けられた、北の国からやって来た、精形、コロボックルさん。

 って今更動くのかよ。遅いよ。問題は殆ど里香さんが解決してくれたんだし。今動いたからなんだって話だ。

「……なんなんだよ、お前」

 しゅたっ。

 コロボックルさんが手を上げた。

 これはまた何か変なのが憑いたのかな。生憎そういった曰く人形は里香さんだけで充分だ。全員纏めて成仏して欲しいと思う。

「何か、してくれるのか?」

 一応聞いてみる。今のところする事はないだろうけど。

 うーん。首を傾げて考えてる。

 とことこ。歩いた。

 ぽてっ。こけた。

 ……。

 ちらっ。そのまま横目でこっちを見る。

 可愛い感じをアピールされても、奇怪な奴には変わりないけどな。

 すくっ。立った。

 ぱっぱっ。服を払った。

 ……。

 ? 首を傾げた。

 いやなんだろこれ。なんだろ。

 ……はっきり、言うと、

 可愛らしいと思わない事もない事もなきにしもあらず。

 うーん、やっぱり見た目って大事なんだろうな。如何にも可愛らしいって風貌だったら、不気味とか思う前にいい感情も芽生えてくるのか。これが例えば、そうだな、塗装の剥げた古めかしいキュー○ー人形だったとしたら、不気味とか思う以前に生まれ出て来る感想は一切あるまい。

 じーっ。見られる。

 まあいいけど。

 見た目が不気味でなくて、悪い事してる訳でもなし。

 そこいらをうろちょろしてる程度だったら全然いいんだ。脅かすとか襲って来るとか、こんな風貌でやらかして来そうにないからな。その辺りは里香さんと共通してるか。

「あー、どうでもいいけど、面倒な事とかしてくれるなよ。俺は今勉強中なんだからな」

 動く人形とか今更だ。二つに増えたからなんだと言うのか。危害を加えて来なかったら別にいい。蚊だってそうだろ。彼らだって生きてるんだから、かゆみ攻撃さえ加えて来なけりゃ、血を少しくらい分けてやってもいいんだ。それが問答無用で叩き潰されてしまう理由は、まさに嫌な事をされるという、只一点に尽きる。こうした例を考えると、人形が動く、それだけで彼らを否定する理由にはならないな。

 コロボックルさんは、うん、と一つ頷いて、俺の勉強してる周りで、部屋を見回したり、そこらの家具とかちょんちょん突付いてみたり。駆け回って飛び回って……まあ、大人しくしてる方だよな。ぅぁぁ――とか不気味な声を出したりもしないし。つーか全然喋ったりしな――いや喋ったりしないのが普通なんだ。当たり前の事をおかしいと思っちゃいけない。

 とことこ。

 ちょいちょい。突付かれる。

「ん、なんだ?」

 あれあれ。指差してる。

 見る。そこはふすまだ。押入れだ。その奥で里香さんを発見して、今やそこはど○えもんの如く、里香さんの就寝スペース兼押入れと化している。

 そのふすまに、よく見ると、うっすらと妙な染みが出来ていた。

 丸っぽい染みが、三つ。逆三角形の配置にある。

 ……感が良ければ、これで大体どういう事態であるか想像出来るだろう。

 解らないなら、そう、こういう図を思い起こして欲しい。


 ○ ○


  ○


 ……こんな染み、今まであったっけなあ。

 というか、こいつ、コロボックルさんは、なぜにこげなものを見せようと。

 人間の頭とは単純なもので、単純な図形があったとしても、それを見慣れた形に脳内補完してしまう、という機能があるそうな。確か、シミュ……ラーション? とか言ったっけ。違かったと思うけど。

 つまり、この逆三角形の形に配置された、丸っぽい三つの染みは――。

 ちょんちょん。あれあれ。

「……指差しちゃいけません」

 強調されると余計気になる。不気味で。

 ……。

 ぽん。拳で、胸を叩く。

 ……任せろ?

 しゅたっ。くいーーーー……。ばっ!

 表現しにくいけど、その動き、なんかどっかで見た事がある。なんだっけ、昔の、特撮物の、へーんしんっ……って、

 きーーっく。

 ばりいっ!

 ……思い出した、ライダーだ。

「って待てやてめえええっ!!」

 ふすまに、綺麗に大穴が。


 ○ ○

   ●

  ○


 しかも外れてるし!

 もぞもぞ。

 ひょこっと。開けた穴から顔が出た。

 ……、? 首を傾げた。

「? って誤魔化されるか!」

 抗議の声を送る。

 コロボックルさんは、それでも能天気な顔のまま、穴から這い出ようとしていたけど。もぞもぞと。

 手(足も?)をばたばたさせてる。

 どうもどこかつっかえていて出て来れないらしい。いい気味だ、しばらく反省しているがいい。


 後日。仕方ないから、その部分は染みの所ごと、でっかいポスターを貼り付けて封印した。ライダーに対抗して、じゃないけど、昔手に入れた某ウルトラ的な、ツインテールのポスターだ。そいつは食うと海老の味がするらしい。食った事はないけどな。

 この元凶であるコロすけ(さっき名付けた)には、やっとふすまから抜け出した後、ふすまに飛び蹴りをかましてはいけませんと、厳重注意を与えた。説教中に、? と首を傾げたのは、いらっとしたけど。




 かくして、この部屋に新たな仲間が加わった。

 即返品してやろうと、後日あの怪奇サークルに再突入しに行ったんだけど。

 何度訪ねに行っても、誰もそこには居なかった。

 というか似たような部屋しかなくて、前に行った部屋が見付からなかった。

 そして、誰もそんなサークルを知らないと言っていた……。


 頭の中には三つ程嫌な感じの答えが浮かんでるんだけど、未だにどれが正解かは解らない。

 一つ確かなのは、こんな妙なものを寄越してくれた文句を、未だに言えてないという事だけだ。

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