5-3
「ただいまあ」
と部屋に戻って。さて鞄の中の、例の物(ブツ)について思案する。
厄介なものだよなあ。貰った事自体も、貰う原因がここにある事も。
波風立たないこの世なら、面倒だって出てこないだろうに。ここが、なんにもない、変なのが出てこない普通の部屋だっていうなら、普通の人形を飾る事にも異論はない。
――察するに、その部屋はもう普通じゃない。
そう言われた。その上でこれを渡された。コロボックル人形。これだって、元の持ち主がいかがわしいってだけで、充分に奇っ怪なものに思える。
普通になんにも出ないようになれば一番いいんだ。俺は只平穏な日々が欲しいだけなんだ。
――ぅぁぁ……。
その時突然、以前聞いたような呻き声が。、
あああれだ、最初にここで寝ようとした時、家鳴りと一緒に聞こえた迷惑な声。
またちょっかいを掛けに来たのか。実力行使に出るつもりか?
ずずずずず――。
……ってなんだ? 天井の方から、何か音が。
ぶらん。
「うおっ!」
黒いのが! いきなり上から!
ぶら下がってる。天井から黒いのが、糸みたいな、長い髪の毛?
見ると、頭みたいなのがある。天井に。頭半分くらい天井から出てて、
ぎろっ!!
「ひいいいっ!」
どっかの呪いのビデオみたいな、そんな眼でこっち見てる!
姉ちゃん事件だ。まじのが出て来た! 怖えよそりゃ眼で殺せるよ。心臓弱かったら一撃死だよ。RPGで言うと即死魔法を唱えてくるボスキャラが現れた! ってくらいやばそう。
ずずずずず――。
これ髪の毛の音かなあ。やばいって事だけはしっかり伝わるけど。蠢いていて、こっち見てるって事は。……俺ここでお仕舞い?
「恐れる事はありません」
って声がした。
なんだ。救いの声か? 天使か神様?
「こっちです」
声の方を見ると、ちんまりと、人形、着せ替え人形がそこに居た。って、
里香さんだ。
曰くが倍増した。
「あの方は、それ程強い事は出来ません。髪の毛で絡め取って、呪い殺す程度の事しか」
「呪い殺すって、充分強いよ?」
一応突っ込みを入れておく。こいつみたいにもう死んじゃってるってのには効果はないんだろうけどさあ。
――因みにこの里香さん。以前のぼろっちい服とは違って、メイド服バージョンになっている。わざわざ子供用のおもちゃ屋に行って、恥を忍んで買ったちっこい服だ。
引く事なかれ。自分の部屋で、ぼろい服を着た着せ替え人形が、いつの間にか移動していたりぎこちなく歩いてたりすると想像してみるがいい。せめて見た目だけでも可愛らしさを醸し出していてくれないと、これは不気味で仕方がないんだ。
それはさておき、
呪い殺されるのは嫌だ。
「どうしたらいいんだよ?」
「どうしたらいいんでしょう」
「りかさーーーん!」
救いがないぞ。逃げられないぞ! 誰か、もっと光を!
「何か……」
「え?」
「興味を引くものが、あるのかも知れません」
興味を引くもの? なんだそれ。
……って、待て、
そういえば、こいつのぅぁぁ……っていう声は何度か聞いたけど、実際目の前に出て来るのは今日が初めて。
今までと、今この時と、違う事があるとしたら、
「あ」
もしかして、
「あれか?」
今日はおかしなサークルに顔を出して、そこの人に無茶苦茶な状況を聞かされて、そしておかしな人形を貰った。
この髪の毛、もしかして、それに影響されて出て来たとか?
ごそごそと、鞄のポッケに仕舞ったそれを取り出す。
北の国からやって来たコロボックルさんだ。
「これ?」
里香さんに見せる。
「そうみたいです」
頷く里香さん。
こいつのせい? 或いはこいつのお陰? 虫とかだって殺虫剤吹けば最初は元気に暴れるし、それと同じような理由で出て来たとしたら。
これは当たりか? いけるか?
うん、そうだ。里香さんも居るし、怖くない。
君に決めた!
「うらあっ」
コロボックルさんをあの髪の毛に向けてかざす!
… … …
……なんも起きねえ!
ずずずずず。
逆さの髪の毛がこっちに来る。
やばいな。あの髪の毛に捕まったら、なんやらやられて、いつか第一発見者に変わり果てた姿を見られるんだろうな。
――すっ、と。視界に何かが。
「え?」
がしっ。――と、前に出て迫る髪の毛を掴んだ人影が。
……ちっちぇえ。
って、
「里香さん!?」
着せ替え人形の里香さんが、あの髪の毛を止めている! ちっこい手で!
すげえ、いや本当すげえ! 思わず拍手でも送りたくなる。
「この人は、ここのご主人様です」
里香さんが、髪の毛に語る。
「乱暴をしてはいけません」
と、掴んだままジャンプして、天井まで跳んで(!)、天井から生えた頭に、
ごがん!!
跳び蹴りをかました!
――ぅぁぁ……。
ずずずずず……。
髪の毛が、天井へ縮んでいく。
乱暴をしてはいけません――いやこれ乱暴で解決――、
いや、命の恩人に突っ込みは不要だ。助かった、助かったんだ。そしてコロボックルさん役に立たねえ。
「大丈夫ですかご主人様」
「なんていい人なんだ!」
「当然の事をしたまでです」
平然とした顔のまま、里香さんは言う。
いやいや、メイド服も良く似合う。買って良かったぜ。
――ぅぁぁ……。
「ってうわ。まだ生きてるのか?」
いやとっくに死んでるんだろうけど、幽霊的な意味で。
見上げると天井付近に、まだ頭と短い髪の毛が残ってる。
畜生、まだ何かするつもりか。また髪の毛で絡みとって、サダコみたいな目で呪い殺そうと、
「待って下さい」
里香さんが前に出る。
ここで「待つんだ危ない!」とか言えたら漫画とかのヒーローとヒロインみたいな感じになるんだろうけど。里香さん無茶苦茶強かったしなあ。出る幕がないな。多分。
じー……。
じー……。
目と目で通じ合ってるのかなあ。
「……どうやら」
「え?」
「脅かし過ぎた、ごめんなさい。と言いたいみたいな気がします」
はっきりしねえ……。
――ぅぁぁ……。
ずずずずず――。
髪の毛が引っ込んでいって、今度こそ天井に消えていった。
……た、助かった。
「なんなんだよ……」
へなへな、ぺたんと力が抜けて座り込んでしまう。気も抜けるよ腰抜けるよ。命の大切さを噛み締めるよ。
「大丈夫ですか?」
ちっちぇえ里香さんが、てこてこ寄ってきて言う。
「だいじょばないなあ」
感覚麻痺しちゃってたんだな。本来こういうのってこれくらいは怖いものなんだ。
「それはいけないです。誰か、お医者様でもお呼びしないと」
「いや大丈夫だ問題ない! すっかり元気だから誰かを呼ぶとかしないで!」
頼むからよそにまで面倒は。もう曰くとかあってもいいけど、世間様にまでオープンするのは勘弁してほんとに。
・
――例えばだ。朝に鳥のさえずりを聞いても、それはおかしなものには聞こえないだろう。夏には蝉とか、秋には鈴虫とか、ちょっと煩いけど風情があっていい。猫を飼っていて、にゃーにゃー鳴いて来るのも、犬を飼っていてわんわん言って来るのも至極当たり前の事だ。
――ぅぁぁ……。
こういうのもいつかは、その類に入る日が来るのだろうか。その時には、人として大切な何かを失っていないといいなと、心から思う。……寧ろ元人間としてこの部屋の一員になってるとかじゃない事を、心底から願ってる。
――求めよ。さらば与えられん。
……俺はどれだけ平穏な日常を求めればいいんですか。
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