5-2

 ――。

「……なあ後輩君」

 少しながらの溜めを作って、先輩が言う。

「はい」

「君いっそそーいう物書きとかやってみたら? なかなかなお話だよそれ」

「本当だっつーに!!」

 なんでだ! 俺は絶対に絶対に嘘なんか言ってない、ほんとの事なのに!

 ううちくしょう。これだと俺だけがおかしいみたいじゃないか。お祓いの前に病院行けってか……。

「あー、はいはい泣かない泣かない」

「だって、だって」

 落ち込むは涙出そうになるわ、俺の精神状態は最悪だ。

「解ったから。じゃあここは、一つそれっぽい方面で助言をしてあげようか」

 それっぽい……助言?

「うん。君の話が本当だとして。それから察するに、その部屋はもう曰く付きっていう話じゃあ済まないね。最初にあった一つの曰くからどんどんくっついて来たか、霊脈、霊道の重ね合わせとかで異常に曰くが集まりやすくなったか。どっちにしても超常になってるよ。部屋自体がね。だから周りにある曰く物だって遠慮なくやって来る。お祓いとかももう無理かな。十点満点評価にして九十七点辺りってとこだね。お坊さんに陰陽師に悪魔祓い(エクソシスト)とか何人もって集めでもしないと直りゃしないよ」

 先輩は椅子から立ち上がって、辺りをうろつきながら持論を述べる。

「そんなに厄介な事になってるんですか」

 うん。と一つ、先輩は頷いて、俺に寄って来る。

「それを踏まえて、君に言うアドバイスがあるなら――」

「どうすれば」

「諦めろ♪」ぽんっ。

「爽やかに明るく肩叩いて言わんで下さい!」

「そりゃあお手上げだもの。少なくとも私にはそこまでのものを解決する現実的方法は全く思い付かない」

「なんて事……」

 救いはないのか。ないんですか。

「でもそんな所に今まで居座ってる君も、結構凄いよね」

「褒められても嬉しくないです」

「だけども、」

 え?

「希望ゼロパーセントってのも可哀想だしね……そうね。面白そ――折角のお客様だし、お近付きの印にあれをあげよう」

 こいつ面白って言ったぞおい。

 その失言を全く気にする事なく、先輩は机の所まで行って、その引き出しをがさがさと漁って、

「ほれ」

 と差し出される。

 あげようと言われたので、それを受け取ってみる。

 ……これは。

「人形?」

 それは等身の小さい、髭を生やした小人みたいな。民族衣装っぽいものを着ていて、なぜか葉っぱの傘を持っている。

「コロボックルさんだよ」

 なんだよそれ。

「今は北海道、アイヌに伝えられている精霊の一種でね。根が陽気な子なんだ。人懐っこくもある」

「……だからなんです?」

「その子に怪異が取り憑いた、としたら。その怪異は陽気なものになる筈だよ」

 陽気と言っても。人形に何か取り憑くとか、動くとか、まずそこが凄く嫌で困るんだけど。

「それと、正確に言うとそれは人形じゃあないんだ」

「え?」

 人形じゃないって。人形みたいな何かって事? どう見てもこの人形は人形っぽいんだけど。

「人形(にんぎょう)は人形(ひとがた)。言葉の通りに人の形として、模したものを指すんだよ。人の形だから、特定の人物を指したり、人の身代わりとして呪術的な意味合いを持つ――それが人形の起源だよ。厄除けだったり、逆に呪ったりね。雛人形とか呪いの藁人形とかも、どこかの誰かさんを見立てて作られてるんだ。

 それは精霊さんを模しているから、精形(せいぎょう)とでも言うんだろうねえ。だから、同じ性質のものが宿りやすかったりする」

「はあ……」

「まあ適当に言ってみたんだけど」

「おい」

「でも例えば、動物のなのに人の形って言うのもおかしいものでしょう」

「はあ」

「言葉の乱れよ」

 俺に言われても。

「ともかく、このおにんぎょうさんは呪術的な意味合いの代物なんだよ。粗末に扱うと祟りがあるかもねー」

 あるかもねーって。そんなもの渡されても。

「困ります」

 突っ返す。

「大丈夫大丈夫。粗末に扱わなければいいんだよ。そもそもコロボックルさんは陽気で人懐っこい。さっきも言ったね。悪いものじゃあないんだ」

「そうなんですか」

「そういうものなんだよ。それにこれ自体は只の北海道土産なんだしね。まあ損はないだろうから、ちょっとの間でも持っておきなよ。五十がずっと続くより、一つ二つでも減った方がましでしょう」

 先輩は、笑みを浮かべながら言った。

「じゃあ。私もまだ忙しいんだ。そろそろ帰ってくれていいよ? 相方ももうすぐ帰って来るだろうしさ」


 ――そうして、俺は部屋から追い出された。

 ――人形を貰ったけど。

 貰ったけどどうなんだ。役に立つのか? 持っていると曰く付きがなくなるのか? ならいいんだけど……。

 帰り道、鞄の中を、ちらっと見る。能天気っぽいなんにも考えてなさそうな顔がじっとこっちを見ていた。

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