4 深夜の曰くはかく語りき
この頃幾らか暖かくなって来て、冬仕様の環境をしていると、少し暑いってな感じもあるこの頃。
なぜか、一瞬程、体の芯からの寒気みたいなものを感じる事がある。
その日もそう。座布団に足を延ばして座り、デスクライトの小さな灯りの前、机に向かって夜遅くにまで課題のレポートに悪戦苦闘していた所で、
――ぞくっ。
本当一瞬寒気がした。
それまで寒くはなかった。頭の方は寧ろオーバーヒートする直前だ。
なのに寒気だ。
風邪かなあ。
普通だったらその一択だけ考えるけど。
……ここだよ。
この部屋にはその一択以外の心当たりがあり過ぎる。破格家賃の曰く付き物件。この部屋だったら、寒気がするとか何かの気配があるとか、体調関係なく日常当たり前に起きるから。
また何かのちょっかいか。
好意的に考えるすると……熱くなった頭をクールダウンしてくれた、と。
悪意的に考えると……うん、嫌がらせだ。
さあこれはどっちだ。どっちだとしても構うとかしないぞ。このレポートは仕上げないといけないんだ。
……。
ああ駄目だ。手が進まないよう。
――ぞくっ。
ばっ。くるっ。
……背後に気配なし。
右良し、左良し、……上良し。
見える原因はなし。じゃあ、見えない原因があると。
そんなのあんまり考えたくないなあ。これはもうこっちで原因決めてもいいだろ。早く風邪薬を飲んでしまおう。どこにやったっけ。
ぱっ、ぱっ、ぱちぱち……。
ん、なんだ、机の電灯が点滅してる。
ぷつっ。
「うわっ」
切れた。途端に部屋が真っ暗になる。
寿命なのか? 蛍光がお逝きになられたのか。でもこんな夜遅くに……困る。レポートもまだ途中なんだぞ。暗くて手元とかさえ殆ど見えない。
ざわ……ざわ……。
ん? なんだ、変な音がどこかから。
……右、左、上――下っ!?
わさわさ、わさわさ、わさわさわさわさ――。
「うおわあっ!!」
黒っ! 虫! なんか、なんかの虫が大量に! 床で蠢いてる!
こんなの駄目だわまじびびるわ! 机の上に緊急退避して……でもあれ? 幾らぼろ屋でも人の住んでる所に、こんだけ出てくる、なんて事は……、
ないだろ。つまりこの虫、そっち系か。
ええい、ぞくってのも電灯切れもこいつらのせいか。畜生、ああでも気持ち悪い! 流石に相手したくないぞ。俺に出来るのは机の上に上がって縮こまる事だけだ。バルサンとか……焚けたとしても、こういうこいつらに効くのかな?
――すう。
と、突然そいつらが消えた。なんだなんでだ? いや良かったけど。バルサンの事考えたからかな?
……。
なんにもなくなった。
おそるおそる、床に足を乗せる。
ふみっ。
……うん、なんにもない。幻覚だった……? だとしても気持ち悪い事に変わりないけど。
突然沸いて出て来るとか、本当に勘弁して欲しい。一匹二匹とかならまだいいけど。戦いを挑んで来るなら相手になるけど。変な虫でも素手で屠ってやれるけど。
――ぞくっ。
ひっ、またか。今度はなんだ?
ごごごごご……。
……何か、肩の辺りに妙な圧迫感が、
もみっ。
「ひっ!!」
びっくりして、思い切り後ろを振り返る。
……背後には、やっぱり何も居ない。
待てや、じゃあさっきのはなんだったんだよ。揉まれたぞ絶対。肩のとこ。しかもひんやりしてた。そして今もまだひんやりしとる。
……呪われてないだろうな。変な痣とか付いてたり……。
襟のところを、捲ってよく見てみる。
……なんともない。呪われてはいないみたいだ。
でもなんかやってきてるって事に変わりないよな。何がしたいんだよ。俺にはレポートを纏めるという大事な仕事があるんだぞ。
段々腹が立って来た。
害はないんだよ。痛いとか呪われるとか取り殺されるとか、そんなんにならないんだったら、構ってやる必要もない。さっきの虫みたいなのも、結局みんな消えたしな。
すーーーっ。はーーーっ。
よしっ!
完全無視しよう。暇な時なら幾らか程度は相手してやるけど、今は暇じゃない。害はないんだ。
でもまずは電灯だ。こいつらの仕業だって事は解ってる。心霊現象のお約束だろ。肝試しとかで懐中電灯やらカメラやらが突然誤作動を――ってのは、多分こいつらが光を嫌っているから、とかだと思う。
「こらあ、せめて灯りくらい点けろおっ!」
抗議の声を上げる。
……ぱちぱち、ぱっぱっ、
ぱあっ。
点いた。
よし。これでレポートは続行出来る。
座布団に座って、机に向かって、
いざ執筆!
……って、いきなり足の所、冷ためになっとる。冷気? 霊気?
無視無視。
――ぁぁぁぁぁ……。
もみっ、もみっ、
「ひっ、く、くう――」
足の、両足の裏んとこ揉まれた……。
ええい負けん、負けない、負けてなるものか。
・
……なんだか、俺ってよくよく寝不足に陥る機会が多い気がする。
まあ今回はレポート提出が遅れた俺のせいだけど。朝になってちゅんちゅん鳥が鳴く頃に、やっとレポートが完成した。奴らのちょっかいがなかったら二時間くらいは寝られたと思うけどな。
しかしだ。眠いのは眠いけど……なんだか少し、清々しくもある。
朝の日差しが気持ち良かったり、なんだか体もすっきりいい感じ。
机にずっと向かってたのに、肩とか目とか、足辺りも凝ったり疲れたりとかもない――。
……。
いやいや。思い出したよ。気持ち悪い事があったって。肩とか足とか揉まれたり、いきなり電灯が暗くなったりな。
……まさかなあ。
確かに体、節々がいい感じになってる気がする。揉まれた肩とか、凝り度数にしてゼロになってるし……。
ないだろと思ってたけど。こうして結果を見てみると、悪い事にはなってないみたいな気がするんだよなあ。好意的か悪意的かって昨日考えたけど、これは前者?
例えば虫。まあ気分転換にはなった気がしないでもない。例えば電灯。小さな灯り一つの前で、ずっとレポートとにらめっこというのは確かに目に悪いと思う。ずっと同じ姿勢だったから、あのひんやりもみもみもマッサージと思えば――。
いや悪くはない。悪くはないんだ。驚かす方の比重のが強くなければな。大切なのは気持ちだ――つっても、やっぱり手段も大切なんだと思うんだ。
だけど、レポートは間に合った。清々しい気持ちにもなってる。
……嫌なものは嫌、なんだけど、
いい事を、してくれてたってんなら、少し、お礼も言ってもいい、かも知れない……。
そうだよな。
悪い事をしたって訳じゃないんだしな。
悪意がないなら、ちょっとは、そうやって感謝してやっても。
・
「ただいまあ」
と玄関のドアを開けて中に入る。
ざわ……ざわ……ざわわ、ざわわ、わさわさわさわさ――。
「ちょっと見直したらこれか!!」
虫でお出迎えとかすんな! バルサンバルサンバルサンバルサン!!
殺虫剤を吹き掛ける。
すう――と、虫共が消えていった。
もみもみもみっ。
「ひいっ!」
冷たい何かに肩と足をもみもみされた。
「ええい消え失せろ! お前ら今すぐ除霊されろおっ!」
ひんやりもみもみの感触が消える。
いや、うっすらと、なんとなく嫌な予感はしてたよ。こんな都合良くいい話になる訳ないってな。やっぱり、奴らは霊的な連中だ。
だけども一つ、俺がこの部屋に住んで、率直に抱いた感想を一つ。
慣れって、恐ろしいよな。怖い所に居るって意識が、大分なくなってるんだよ。アレ的なものも、普通は怖いと思う所を、鬱陶しいとかその程度にしか思わなく。
田舎の母さん。俺、案外上手い事ここでやっていけるのかも知れません。
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