3 問題の想い人型

 この部屋には押入れがある。

 色々仕舞える収納スペースがあるのは大歓迎。なんだけど、

 ……姉ちゃん事件です。その奥に、ぽつんと普通に、自然に人形が置いてありました。

 押入れの奥に、背を壁に預けるようにして座ってる、小さな女の子の人形。

 発見した瞬間、驚き、十秒程時が止まった。

 硬直を恐る恐る解いて、最初の言動、「……こ、こんにちは」

 うん混乱している。しない方がおかしい。怖過ぎておかしくもなる。なんでこんなちっこい人形に挨拶せにゃならんのだ。

 じっくりと見ると、その人形はいわゆる、小さな女の子が着せ替えて遊ぶような、あの人形。ナントカちゃん。

 それは別段珍しいというものでもないだろう。引っ越したばかりの、押入れの奥に、なぜかぽつんと座っていたのでなければ。

 訳が解らない。俺は人形を持って来た憶えはないから、俺の前に誰かが持ち込んだ、という事になるんだろう、普通は。

 じゃあ。これをどうしよう。

 発見してしまった以上、どうすればいいのか、非常に対応に困る。台所にてあの黒い悪魔が出現した時よりも厄介かも知れない。奴ならぶっ叩いて外に放り捨てりゃあ済むけれど。こいつは攻撃するとか捨てるとか、それ以前に触っただけでも何が起こるか解らないんだもの。

 ……怖え。

 特にその眼。絶対こっち見てる。これ絶対おもちゃ売り場で売っている代物とは同じじゃねえよ。なんだか独特の存在感がある。別次元の存在だ。台所の黒いアレならスリッパや丸めた新聞紙で攻撃出来るけど、こいつは攻撃以前に近寄りたくない。絶対呪われるとか祟られるとかされる。どこぞの人形寺で供養されるべきだろこれ。そこで髪の伸びる人形とかと一緒に並んでいても不自然じゃない。

 ……っ、ええい舐められて堪るか。この部屋の主は俺だ。正式な契約者なんだ。この人形こそ不法住居者だ。

 退去して貰う。

 ……。

 おず……おず……と人差し指を伸ばしていく。噛み付きゃしない、そんな口とかこいつにはないんだ。大丈夫だ大丈夫。只の人形なんかにびびるな。

 そーーーっと。指がもうすぐ届く所に、


 ぐりんっ。


 ひぅ!!

 ――本当に驚くと、悲鳴が出る、じゃなくて悲鳴を吸う、みたいになるんだなあ。

 じゃなくて!

 こいつ動いた!

 顔動いた!

 こっちに向き違ってる!

 ホンモノだ、やべえ、こいつやべえ、

「……貴方は」

 やべえ、やべえ、やべえ、

「人間の、ご主人様でしょうか」

 こいつ、喋――、

 ……しゃべ、った。

「しゃべ、りかちゃ、しゃべ……」

 喋った。りかちゃんが喋った。

 でも言ってる言葉は訳解んねえものに。自分で自分の言動意味不明だった。

「はい、りかです」

 ……はい?

「りか、です。私は里香です」

 ……。

「りか、さん?」

「はい」

「You?」

「はい」

 ……、意思疎通。

 すげえ。

 すげえよ、アレな現象と会話出来たよ。これはあれだ、ファーストコンタクトだ。人類とアレなのとの友好への第一歩だ。凄い事だ。互いの意見が通じれば、争いも消えるんだなあ。

「君、里香さんって言うの?」

「はい」

 よっしゃあ! 言葉は通じる!

「じゃ、じゃあ、俺は」「ご主人様です」

 ……え。

「あ、いや俺は」「ご主人様です」

 ……あ。やべえ。意見通じねえ。

「私は里香です。貴方はご主人様です」

 ……そりゃあなあ。

 そうそう上手い方向に話が進めば、なんにも苦労とかしないよなあ。うん解ってたよ。こういうのには大抵理屈が通じないって。自分の都合だけで話進めたり、人を驚かせたり、取り憑いたり呪ったりな。うん。俺の第一歩は偉大な一歩にはならなかったかあ。所詮一メートルにも満たない歩幅だ。どっかの宇宙飛行士みたいにはいかないんだなあ。

「どうかなさいましたか?」

 頭を抱える俺に、話し掛けてくる人形。

「いや……」

 よく見ると、口元が動いてないし。そりゃそうだ、りかちゃんは口が開くようには出来てない筈。なのに声はどこから出てるのか。これはやっぱりアレ的なのが取り憑いて、それが喋ってるんだろうなあ。喋ったのが聞こえる、けれどこれ、幻聴とかじゃない事を心から祈りたい。いやいっそ幻聴の方がましなのか。最初から居ないものだと解っていたら、どれ程良かった事か。

「でも、また違うご主人様になったんですね」

 違うご主人……。

「違くないご主人が居たの?」

「はい……色々と居ましたが」

 色々って。一体何人のご主人を見て来たんだろうねこいつは。

「前のお方は少し変でした。私がご挨拶した時にも大変驚かれまして。暫く暴れていて、おかしな事を言っておられたんですが、ある時何やら足が宙に浮いていて、ぶらりぶらりとしていました」

 ……なんですかそりゃあ。

「そのまま動かずに眠っておられたみたいですが、暫くして誰かに連れて行かれたみたいなのです」

 それは……いわゆる世に言う、こんな環境でのノイローゼによる、追い詰められての現世からのグッバイとか? グッバイした人がここに? ここで?

 嫌過ぎる。曰く付きが嫌だからって、曰くを増やす真似すんなよこの野郎。困るだろ。申し訳ないだろ。親御さんとか大家さんとかに謝れ。俺にも謝れ。

 まあでも、この世界何千年、生まれて死んでを人々は繰り返して来たんだから。例えば普段歩いている何気ない通り道でも、過去何千年の間に誰かがそこで行き倒れとか、討ち死にとかした――なんて事もあったりとか、ないと言い切れないし。

 一々神経質になっていられんだろうな。特にこんな部屋の主ともなると。だからこんな部屋なんだろうし。南無南無。

 ……でもこれどうすんだよ。野郎の部屋にこんな人形が、ってだけでもどうなんだって話だけど、そういう問題を遥か後ろに通り越した面倒だぞこれは。

 凄く困る。

 いや恐がらせるとか襲ってくるとか、今のところそんな感じな奴じゃなさそうだけど。……悪い奴じゃなさそうだけど、今のところはな。

「ご主人様は、」

「はい?」

「ぶらりぶらりとしたりはしないんですか?」

「……取り敢えず、したくもないしする予定も今後一切全くないな」

「そうですか」

 邪気、ではないんだよな。色々と物事を解ってないって所かな。幽霊って、大体まともな思考はなさそうってイメージだけど。

 ……、思案。でもこれはいわゆる世に言う、ファーストコンタクト――には変わりないか? 一応未知の奴だし。

 ……未知との――。

「なあ君」

「はい」

「ちょっとこっち、指差してみなさい」

「……こうですか?」すっ。

「うん、そのままね」すっ。

 ぴと。

 ……E・T。

 ……。

「これはなんでしょう」

「ああうん、友好の印」

 どうやら、この子にはネタは通じないみたいで、顔をくりっと傾げていた。


 ……こんな怪異のお陰で、

 少しだけ、曰く付きに好感が持てました。

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