02.過去の遺恨、今の傷

「……柱の調査?」


 再びドームの中。

 天夜はファウがどこにも行かないように膝に乗せ、環の言っていた『方法』――『調査』とやらを聞いていた。


「そう、柱が落ちた場所――所謂、グラウンド・ゼロに、今夜機材の搬入を行う。その機材の中に紛れ込めば、めでたく侵入成功だ」


「……グラウンド・ゼロへの調査は、ずっと禁止されてませんでしたっけ? なんで急に……」


「新聞とか見てないのか? 強硬姿勢も限界に来てな、防衛省が折れて、調査に乗り出すことになったんだよ」


 近々公的な動きがある場所に、浸入する方法を教える――


 これは明らかに――


「……何かやらせる気ですね?」


「察しが良くて助かるよ」


 そう言って環は、懐から小型SSDを取り出し、天夜に渡した。


「防衛省より先に、柱の調査データを取ってきてくれ」


 柱の周辺――旧23区近辺は、現在立入禁止であり、勝手に入れば厳罰に処される、今の日本において、最も危険で厳重な場所である。

 そこに侵入するだけでも犯罪だというのに、公的調査よりも先にデータを手に入れて来いと――

 何重の罪を犯しているだろうか。

 捕まったら、無事ではすまないだろうということは、素人にも分かる。


「……僕は生贄ですか」


 そうとしか思えなかった。

 だが、環は、間髪入れずにそれを否定した。


「正しい情報が欲しいだけなんだ。政府側の研究者は全員傘派で、事実を握り潰して、隠蔽して、改ざんするなんてお手の物の連中だ。それを防ぐためには、傘派の連中よりも先にデータを手に入れる必要がある。そこで、お前の力が必要ってことなんだよ、天才天文学者のお前の力が」


「……僕にメリットがありません」


「柱の調査を出来るのは十分メリットじゃないのか?」


「いいえ、別に」


「お前が一番知りたい情報を、最初に調べることができるんだぜ? あの仮説が本当に正しかったのかどうかを知ることができる……そうじゃないか?」


 環は含みのある笑みを見せた。


 ――これを言えば、お前は食いつくだろう?


 そう言いたげな笑みで、天夜は少しばかり不快に思った。

 なので、少しばかり語気を強めに言った。


「貴方たちが信用できないんですよ」


「俺でもか?」


「ええ、肩書だけ御立派で、都合の良い時だけ利用して、悪くなったらゴミのように捨てる……それが、現代の特権階級――議員様たちと、そのお友達じゃないですか」


 ――そう


 ――そうやって父さんと母さんは……


 天夜の拳には、自然に力がこもった。

 環は、少し焦りを見せながら、天夜をなだめるように言った。


「確かに、お前のご両親は議員連中の政争に巻き込まれて、酷い目にあったが……俺や先生は違う。正義のために、力を使っている。その点は信用してくれ」


「じゃぁ、解析したデータを使って、検証してた後、発表していいんですね? 『レディベンティカ仮説』を」


 環の顔が歪んだ。というよりも、返答に窮しているようだった。


 ――ほらね、結局そういうことさ


 天夜は環に背を向け、言った。


「帰って下さい」


「……お前が直接発表するのは無理だ……でも、内容を確認した後になら……‼️」


「帰って下さい‼️」


 天夜の怒声がドームに響き渡った。

 環は弱々しい足取りで出口へ向かった。


「……無理を言って、すまなかった……」


「……」


「……また、来てもいいか?」


「……」


「…………」


 扉が閉まる音がしても、天夜が振り向くことはなかった。

 静寂が訪れると、頭の中では無意識にさっきのことを整理し始めていた。


 ――無下にするにはもったいなかったかな


 ――だって、柱の調査だなんて、滅多にあるチャンスではないし……


 ――いや、これでいい


 ――政治関わっていいことなんて一つもない


 ――そのせいで、父さんと母さんは……


 天夜の頭の中では、あの時の光景が徐々に浮かび上がってきていた。


 屈辱と惨劇と絶望が混ざりあった、最悪の日の光景が――


 こみ上げてきたのは怒り――ではなかった。


 ふと、天夜の顔に、ファウの手が当たった。


「あぅ……」


 ファウは、いつもの虚ろな目でこちらを見ていた。

 焦点があっているのか分からないその目を、こちらに向けていた。

 そして、気付いた。


 ――バカだ、俺は


 ――こんな身近に、助けを求めてる人がいるじゃないか


 ――だったら……


 天夜は立ち上がり、環を追いかけた。



◇ ◇ ◇



「ああ、もう終わった、車を回してくれ。ああ……交渉は失敗だよ。このまま事務所に戻って先生に怒られに行こう……」


 信夫教会の前で、環はため息交じりに電話をしていた。

 そして、電話を切ろうとすると――


「待って下さい‼️」


 天夜が大きな声でそれを止めた。


「依頼の件、受けます」


「……本当か?」


「但し……ファウの肉親を探すのがメインです。柱のデータはテキトーにやります」


「……ああ‼️ それでもいい‼️ 本当にありがとう‼️」


 環は深々と頭を下げた。本当に感謝しているのだと、天夜は理解した。

 そして、天夜は後ろを振り返った。そこには天文ドームに再び上がったファウの姿と、天を切り裂く巨大な柱が見えていた。

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