遭遇
01.隕石が落ちた国
八月。
鉛色の雲が空を埋める中、海原を望む高台を一台の車が走っている。
「酷いものだな」
後部座席に座る久家環はポツリと言った。
その言葉は、窓外に映る『町並みだったもの』に向けてではない。
スマートフォンの中で繰り広げられている醜い政争に向けてだ。
『もう1度聞きます。何故国連の巨大隕石対策決議に反対したのですか?』
若い女性議員は、強い口調、眼差しでそう問うた。
言葉を向けられたのは時の首相、一条実朝。
小柄で目の下にクマを作り、おどおどとしたその振る舞いは、とても首相には見えなかった。
手を上げようとする一条を制止したのは、隣に座る大柄な男、二重武防衛大臣だ。
そして、二重は手を上げた。
『二重防衛大臣』
委員長の呼び声に応じ席を立ち、演台の前へ移った。
その姿は、堂々たるものだった。
『総理に変わりましてお答えいたします。我が国は世界唯一の隕石衝突被災国です。同じような事が置きないためにもあらゆる手段を考え、講じる準備を整えています』
まったく回答になっていない回答。
そう言って席へ戻った二重に向けて野次が飛び交う。
『説明になってないだろ!!』
『それじゃ反対する意味がないだろ!!』
正論ばかりの野次だ。
だがしかし、二重は全く意に介さず、政務官を呼びつけ何かを指示しているようだった。
一方の一条は、相変わらずおどおどとし、何をすればいいか分からない様子に見えた。
あまりにも対照的な絵面だ。
「どっちが総理かわからんな」
呆れながら久家はスマートフォンを見つめていた。
と、車が止まった。
「着きました」
顔を上げると、眼の前には古びた教会がたたずんでいた。
門には、『信夫教会』と書かれた表札と、『レディベンティカ』と書かれた表札が掲げられていた。
車から降りた環は、チャイムを鳴らした。
だが、反応は無かった。
◇ ◇ ◇
教会の敷地には、大きめの庭があった。
そんな庭の端っこには、小屋が立っている。
その小屋は、どこか、天文台のように見えた。
そして、その中には、男がいた。
ディスプレイの前に座っている男は、ヘッドホンをしていた。
男の肩を誰かが叩いた。
男はまったく驚く様子もなく、ヘッドホンを外し、振り向いた。
振り向いた先にいたのは――環だった。
「なんだ、気づいてたのか」
「環さん……勝手に入らないで下さいって、いつも言ってるでしょ……」
「チャイムを鳴らしても出てこなかっただろ?」
「だったら忙しいか、いないかでしょ」
「いるじゃん」
「忙しいんですよ……」
「どうせいつものだろ? 見せてくれよ」
そう言ってディスプレイを覗き込む。
そこに映されていたのは――ブログだった。
記事にはこう書かれていた。
◇ ◇ ◇
今日の隕石はロシア・シベリア方面に四つ、大西洋に二つ、ゴビ砂漠に一つ、太平洋に二つと予想できます。
その中でも太平洋の二つは、いずれも列島には届かず、近くても父島近海と思われます。衝突時の津波には十分に注意しましょう。
◇ ◇ ◇
「お、もう1000PV。さっすが隕石予報士、天夜・レディベンティカ様だな」
「……冷やかしに来たんですか?」
「まさか、頼みたいことがあるんだよ」
「……嫌な予感がしますね」
「の、前に――ファウちゃん、どこ行った?」
「え?」
辺りを見渡したあと、天夜は慌てて天文台から出て行った。
環もすぐにその後を追った。
◇ ◇ ◇
ファウ、というのは、レディベンティカ家に預けられている女の子のことである。
天夜の親戚なわけではない。
環の知り合いなわけでもない。
彼女は、天夜に拾われたのだ。
あの『壮絶な災害』の日に――
「ファウ!!」
天夜の動揺した声が庭に響いた。
「いない……どこに行った……?」
「ちゃんと見ておけっていつも言ってるだろ……ファウちゃんは言葉も上手く話せないんだから……」
「勝手にいなくなるんだから仕方ないでしょ‼️ 首輪でも付けろって言うんですか⁉️ 人間に‼️」
「そうじゃないけど……って、おい‼️ 上だ‼️」
天夜の視線は、天文台の上に向けられた。
よく見ると、人影が見える。しかも、てっぺんの足場が悪いところにだ。
顔を見なくとも、環はそれが、ファウであると分かった。
彼女は、高いところが大好きだからだ。
だが、手を伸ばし、何かを掴もうとしている彼女の姿勢は――危なすぎる。
「ファウ!! 動いちゃ駄目だ!!」
天夜は急いで鉄格子を登り、ファウのもとに駆け寄った。
と、ファウは前のめりになり、バランスを崩した。
「危ない!!」
下で見ていた環は、思わず声を荒げ、咄嗟に受け止めようと構えたが――それは杞憂で終わった。
間一髪のところで、天夜はファウの腕を掴み、事なきを得たのだ。
「まったく……何回やるんだよお前は……」
そう優しく叱りながら、天夜は少し小さな、ファウの身体を抱き寄せた。
しかし、ファウは――
「あう……あう……」
眼の前の空気を掴むように、前へ前へと行こうとする。
「危ないってファウ……」
「あうぅ……ああ……」
そう言ってもファウはやめない。
ファウはいつも、高いところに登っては、この行動を繰り返すのだ。
一体何をしたいのか。
――いや、分かっている。
ファウが何をしたいのか――言いたいのか。
天夜が一番それを理解している。
「柱に――行きたいんだね……」
そう言って天夜は、ファウと同じく、景色を俯瞰した。
見えたのは――
天まで貫く巨大な柱だった――
そして――
それを中心に広がる破壊され、海に浸った町並み――
それは、かつて『東京』と呼ばれていた町並みだった――
偉い人たちは、あの巨大な柱を隕石だと言った。
『こんな隕石があるわけないだろ‼️』
誰しもはそう思っていた。
だがしかし、どれだけ調査しても答えは出てこなかった。
すべてが未知なる存在で、分かっているのはそれが宇宙から飛来したということだけ。
人々は、諦めに近い思いで、それを『隕石』と認めたのだ。
――とある、ひとりの男を除いては……
「あう……あう……」
ファウは再び、その柱に手を伸ばし始めた。
ファウと出会ったのも、あの『隕石』が落ちてきた時。
高台へ避難する時に倒れていた少女、それがファウだった。
だから、ファウがあの柱に反応するのも理解できる。
きっと、家族と離ればなれになったことだけは理解していて、無意識に探そうとしているのだろう。
「……何度も言ってるだろ、ファウ。あそこには行けないんだ。あそこは今閉鎖されていて勝手に入ったら捕まっちゃうんだよ」
「あうぅ……」
「……そんな目で見ないでくれよ……僕だって、あの柱のところに行きたいんだ――」
行って、晴らしたい――
両親の屈辱を――
天夜は、悔しさを滲ませるように、拳を握った。
「なら、いい方法があるぞ?」
「――え?」
後ろを振り向くと、そこには鉄格子を登ってきた環がいた。
「まぁ、それが今回お前のところにきた理由でもあるんだけどな」
環はニヤリと笑い、そう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます