弐:夜のミカドパレス、キンとツチミカド

 キンが目を覚ました。闇夜やみよに光るネオンは相変わらずギラギラと輝いている。

「ん……」

何かがキンのほおを叩く。

「ああ、ごめんユウガ。お前のボディ吹っ飛ばしちゃって」

キンにすりよってくるのはゴーストバイに入っていた式神だ。

「あとでユウガの分の新しいボディ用意しなきゃな」

空を見上げる。ミヤコの灯りは星を覆い隠す明るさだが、ビルの合間から小さい月が見える。

「月があの位置にあるってことは……。よし、一時間経ってないな」

山育ちで貧しいキンは、天体の位置でおおよその時間を把握はあくするすべを身につけているのだ。

 少年を連れた行列は忽然こつぜんとミヤコからその姿を消していた。

「絶対ミカドパレスに入ってったはずなんだ、あそこに行けば何かわかるだろ!」

キンの眼前がんぜんには巨大なミカドパレスの正門がそびえている。ミヤコの景観に似つかわしくない石と瓦で作られた門だ。

「っしゃおらー!」

ほおを勢いよく平手で叩き、キンは大通りのど真ん中をずんずんと歩んで行った。


 それから数分後。

「はーなーせー!」

キンは正門の詰所つめしょで軍服を着た門番に取り押さえられていた。

「ミカドに会わせろー!」

「バカを言うな!ミカドが貴様のような小汚いガキにお会いになるはずがなかろう!」

「んだとぉ!」

門番の言い分もあながち間違ってはいない。

 組紐くみひもで無造作に括られた長髪、あさ布でできたTシャツに似た貫頭衣かんとういの上から振袖を羽織り、ボトムスはツチノクニで安価に流通しているビニールようのズボン、履き潰したモカシンのような靴。事実、キンの風体ふうていは到底信用に足る姿ではなかった。

「あの子のことが知りたいんだ!」

「何を言っている!」

「ここに行列が来ただろ!あの行列の真ん中にいたあの子だよ!」

「そんなもの俺が知るか!オレだってさっき交代で出てきたんだ!」

キンと門番の言い争いは次第にヒートアップしていく。


 二人が言い争っていると、詰所に一人の男が入ってきた。

「なんだなんだ、こんな夜更けに」

男が呆れた声を漏らすと、門番はパッと立ち上がって敬礼する。

「こ……これは、エンユウ近衛このえ大臣殿!」

キンも立ち上がり、エンユウと呼ばれた男をしげしげと見つめた。

 ミリタリー調の軍服は門番のカーキ色と違い黒を基調としたデザイン。その軍服に編み上げのロングブーツを履き、ビニール様の素材で出来た黒いロングコートのウエストをベルトで締めている。コートの胸元に並ぶワッペン状の勲章くんしょうの数からして、おそらく手練てだれの軍人なのだろう。

「ほー、ほー。コイツがケンさんの言ってた……」

エンユウもまた、キンの姿を頭から爪先まで見渡していた。肩まで伸びたハーフアップの髪がかしげた首に合わせて揺れる。

「大臣殿、コイツは『ミカドに会わせろ』などとぬかす不届きものでして……」

門番の発言をエンユウが片手で制止する。

「報告ご苦労、タカダ二級士長。コイツの身柄は俺が預かる。君は業務に戻れ」

「はっ!了解いたしました!大臣殿のお気遣いに感謝いたします!」

門番を下がらせ、エンユウはキンの腕を掴んで引く。

「ほら、行くぞ」

「離せって!」

キンがエンユウの手を振り解こうとしていると、エンユウはキンの耳元に顔を寄せた。

「……輿こしに乗ってたあの子に会いたいんだろ?」

キンが目を見開き、エンユウの顔に視線を向ける。

「さあ、ついてきなさい」

エンユウに促されるまま、キンはミカドパレスの奥へと向かった。


 ミカドパレスは地上108階建の高層ビルである。一階がエントランス、二階から百階までが財務局や防衛局などの公的機関の中枢ちゅうすうオフィス。百一階から百七階までがミカドとその側近の住居で、最上階にミカドの玉座が据えられている。

 そのミカドの住居フロアにつながる直通エレベーターに、エンユウとキンが乗っていた。

わりぃな。迎えに行くのが遅れちまって」

ユウエンの言葉にキンが首を傾げる。

「知ってたの?俺がここに来るって」

「ああ。ウチにはケンさんというスゴ腕の千里眼エスパーがいるからな」

「え、えすぱー?」

ポカンとするキンを置いて、ユウエンはさらに言葉を続ける。

「ソイツがたんだよ。お前がミカドパレスここに来る未来を、な」

 エレベーターが淡々と上昇を続ける。

「しっかし胸糞むなくそ悪いぜ。アメノクニの連中、俺があんなケツの青いガキ差し出されて喜ぶなんて本気で思ってんのか?」

ユウエンが何気なく放った一言が、キンの脳天に電流を走らせた。

「はぁ⁉︎あ、アンタ、それってどういう……」

キンがユウエンの胸ぐらを掴む。

「行列連れてきたヤツからもらった親書しんしょにそう書いてあったんだよ、『このセイノミヤってヤツを好きにしていいから、対価としてツチノクニの武器を渡せ』的な事が」

ユウエンがため息をつく。

「もちろん、その場で突き返したけど。俺だっていっときの楽しみのためにクニを売るほどバカじゃねえ」

キンは全く話が飲み込めていない。

「え、だって、あの行列はミカドに会いに……」

「メイジン……じゃねえや、ミカドに色目使ってどうすんだよ。だってまだ……」

そこまで言ったところで停止し、エレベーターの扉が開いた。

「さ、着いたぞ」

エレベーターの階層表示は『108』を示している。

「あの。ここって、もしかして……」

扉の向こうには豪奢ごうしゃな模様の絨毯じゅうたんが敷かれている。

「玉座の間。さ、ミカドが待ってるぜ」


 玉座の間。壁の両脇にはツチミカド家に代々伝わる宝物が飾られ、その突き当たりにはガラスの壁が貼られている。ツチノクニのミヤコを背負うように置かれた玉座に、当代のミカドが座っていた。

 ミカドは黒い軍服の上から右肩に豪勢なマントを羽織り、玉座に片足で胡座あぐらをかいて座っている。

 空色の瞳は遠くからでも光って見えるほど爛々らんらんと燃えている。黒く艶やかな髪だが、三つ編みにして長く垂らした左の前髪の一房だけは虹色に輝いている。右の額からは、虹色に透き通った生えたての鹿の角に似た塊が顔を出している。

「こんばんは!キミがキン?」

少し舌ったらずな声が玉座の間に響く。

「俺はメイジン。トーダイのツチミカドだよ。よろしく!」

ツチミカドが――年端もいかぬ少年が、キンに向かって晴れやかに笑いかけた。身の丈に合わないマントが重たく翻った。

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鳥籠の鍵は俺の中〜後宮に幽閉された少年Ωは絶対に俺の運命の番なので、どんな手段を使ってでも連れ出して番にしてみせる!〜 鴻 黑挐(おおとり くろな) @O-torikurona

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