東の国、海の果ての島

第9話 女神の贈りもの

 臥所ふしどの寝台の上に共に横になり、大王は自然にロクサネと向かい合わせになった。

 大王は、ロクサネの首の後ろに両手を回している。

 ロクサネは、右手だけを大王の体の横に添えている。

 この体で、このひとは、遠い西の海の国から、この東の果てまで、戦って戦って戦いぬいて、国々を征服してきたのだ。

 「われは、逆に、戦いでの勝利とアジアの王になることを選んだ」

 大王は、あまり大きくない声で言う。

 たんたんと。

 「だから、我には、美姫びきは手に入らぬものとあきらめておった」

 大王は大きく息をつく。

 「その審判のパリスの名、その別名をぐ我には」

 トロイアの王子、パリス。

 「その別名は?」

 軽く明るい音色を混ぜて、ロクサネはきく。

 もちろん、ロクサネはその答えを知っている。

 「

 マケドニアの大王アレクサンドロス三世は答えた。

 いまはエーラーンの国の大王でもある。

 「しかし、我は、エーラーンの国の彼方まで来て、ほんとうに、この世でいちばん美しい女に出会った」

 目を細めて、唇を軽く閉じたのは、笑ったのだろうか。

 「それがなれ、ロクサネだ」

 唇を閉じたまま、大王は長く息をつく。

 「これで、アレクサンドロスは、ヘラとアテナとアフロディテのすべての女神の約束のものを手に入れた」

 「では」

 ロクサネの声は自然と高くなる。

 高くはかない声に。

 「大王はこれで満足でいらっしゃる?」

 「どうだろうな」

 大王はそう言って息をつき、目をらした。

 「ロクサネはいやでございますよ」

 そう言われても、大王は意外そうな顔はしなかった。

 若く美しいロクサネは言う。

 「美しい姫を手に入れるのは、これで終わりにしていただきとうございますが、戦いに勝って王となるべき土地が、大王にはまだ残されております」

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