第5話 争いの女神ではないが、トラブルは
「しかも、
「いちおう、似合ってるじゃん」
そう言うとこの美里は怒るだろうな、と思って、わざと微笑して言ってやった。
「死の神様と、争いの女神様で」
「いやいや。プルートーは地下世界全体の支配者なんだから、トラブルを引き起こして喜んでるような」
とまで美里が言ったところで、この部屋の扉が、ばん、と開いた。
ここの寮は古くて、扉も昔のままの木の板なので、ほんとに、「ばん」という音がする。
そして
「みそらーっ!」
いまひとつ勢いに乗れない、いまひとつ元気のない、甘ったれた声がわたしの名を呼ぶ。
来たー。
争いの女神ではないが、トラブルは引き起こす。
確実に。
こいつ。
昨日のイベントに無断欠席した張本人。
「あ、盈子ちゃん。こんにちは」
と、猫の手マグカップを手に持って、お行儀よく、
「おっ、おっ、あっ、え? おっ、おっ、おーっ……」
何その反応?
何の信号?
その信号に答えて、美里はマグカップを置いて、突然の侵入者に右手を振って見せる。
さらに盈子の反応。
「おっ、おっ、おっ、あっ、え?
一週間ぐらい前には会ってると思うが?
で、そのかわいらしい唇を、きゅっととんがらせて、美里に見せていたのとは違う表情を作って、わたしを見る。
「なんで古藤美里ちゃんがここに?」
垂れ目だから険しい顔を作れない、なんて言うつもりはないが、「険しい表情でわたしをにらみたいんだろうな」という、「
しかしっ!
だったら、わたしも言いたいことがある。
「あんたがすっぽかすから、昨日の
盈子の「怖かわいい」表情が、たちまち「怖かわいい
これはこれで、かわいいなぁ。
「だって、熱、出ちゃったんだから、しようがないじゃない?」
「ふぅん」
わたしは偉そうに言う。
昨日、
その瑞城の模擬店の責任者だという、すごく大人びた雰囲気のベリーショートの三年生の先輩は言っていた。
本来は別の先輩が責任者だけど、その責任者が熱を出してしまって、
そっちは、ほんとうだろう。
でも、パンデミックが起こってるわけでもないのに、同時にこの浜島盈子まで熱を出したとしたら、偶然すぎる。
「ほんとだよ!」
と盈子は抗議するが。
「怖かわいい」から「怖い」が抜けて、「困った」が二乗ぐらいになる。
変数「困った」の値が1以下なら二乗すると小さくなるが、盈子の「困った」の値は1よりずっと大きいらしい。
かわいいなぁ。
「あ、じゃあ」
と古藤美里が、アップルティーをぜんぶ飲んで、猫の手マグカップを置いて、立ち上がった。
「わたしはこれで」
わたしは止めないことにした。
どうせまたすぐに会えるのだ。
「じゃあ、こんどは、ペルセウス群の観測の打ち合わせで。準惑星の話の続きもそのときに」
「うん」
瑞城生の古藤美里はクラシックな木の扉を開けて閉めて出て行った。
かわりに、盈子が何の遠慮もなく部屋の奥に入って来て、わたしのベッドに、どん、と座る。
そして。
「むう!」
古藤美里がいなくなったとたんに、怖かわいい盈子の嫉妬が全開になった。
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