第3話 いちばん美しい君へ

 久美子くみこは言う。

 「だいたい、女の子なんて、だれが競争率の高そうな意中いちゅうの人とつき合うか、ってことから、大学入試とかさ、だれが部活のレギュラーとるかとかさ、部活の大会で優勝したいとかさ、いっぱい競争しなきゃいけないんだよ。そんななかで、だれがいちばん美人かとかさ。そういう抽象的なことで争うなんて時間のむだだよ」

 それから、口をとがらせて続ける。

 「まあ、コンテストで、ミスなんとかになったら賞金五千万円とかいうなら、努力してもいいけど」

 賞金百万円とかいうのではなく、賞金五千万円と言うあたりが金持ちの娘らしいところで、ほんと、蹴飛ばしてやりたい。

 ほんとにいやみなやつだ。

 「それより」

と、久美子は、憂鬱そうに顔を上げた。

 「できることならさ、「いちばん美しい君へ」って書いた林檎りんごをたくさん作って、いま言われてるみたいに一八歳で大人になるんだとしたら、その直前の一七歳の女の子全員に配ってあげたい」

 この話をしたころには、まだ法律上は二〇歳からが成人だったのだが。

 何そのこの娘には似合いそうもない慈善っぽい提案?

 それに、どうしてそんな憂鬱そうに言うんだろう、そういうことを。

 憂鬱になる要素なんか何もないのに。

 だから、大げさにきいてみる。

 ちょっと冗談めかして、軽く、笑って。

 「何よ、それ?」

 憂鬱のまま、久美子は答える。

 「だって、その年代が、女の子はいちばん不安なんじゃない?」

 不安なのかなぁ?

 わたしは、一七歳のとき、べつに不安じゃなかったけど。

 「だから、せめて、君がいちばん美しいんだよ、ってメッセージ送ることで、心の負担、一個、減らしてあげたい。だって、いちばん美しい、なんて、価値観の問題なんだからさ。全員が、自分はブスかも知れない、って思ってる場所より、全員が、自分がいちばんの美少女だ、って思ってる場所のほうが、たぶん、雰囲気いいよ」

 そうかなぁ?

 ……というのがすなおな感想だ。

 なんか、自分が一番の美少女だと思ってる女の子ばっかりの世界って、暑苦しくない?

 でも、たしかに、この久美子にはそういう世界のほうが似合っていそうだ。

 久美子もようやく憂鬱を脱したようだったので

「じゃあ、久美子がやればいいじゃん? 久美子の財力があればそれぐらいできるでしょ?」

と言ってやる。

 「うーん」

 久美子はまた口をとがらせた。

 「検討しとく」

 久美子は、そう言って、林檎百パーセント果汁の炭酸ソーダをストローで吸った。

 できるわけないじゃん、と言わないところが、またこの美少女の腹の立つところだ。

 いや。これから美しい大人になる候補の少女の。

 でも、けっきょく、久美子は翌春になってもこのプランは実行はしなかったようだ。

 残念。

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