2話「バフ使い」

「というわけで早速仕事をしてもらおうかな」

メリルはそう言うと、部屋の窓に向かい窓を開けた。


「あれをどうにかするのが君の仕事」


なんだよあれ......


部屋の外、小屋から数メートル先に半透明な膜が張ってあり、膜の先には森が生い茂っている。

そして、森の中にバカでかいクマがいた。


いや、クマかあれ?

異常にでかいし、銀色だし。


クマは森の中からこちらを見ている。

目からは何の感情も読み取れない、クマからは不思議な不気味さが漂っていた。


「メリル様、あちらの方は?」

「パーダベアー、この森に住む魔物でね。一週間前から狙われてる」

「一週間も?」

「次の町に行く途中でこの小屋を見つけて、夜も遅かったし、人もいなかったから一晩使わせてもらったの、そしたら、朝あれが外にいて出れなくなっちゃた」

「よく襲われませんでしたね」

「住人が急に帰ってきても困るから、小屋の周りに結界を張っておいたの」


ひでぇ......


「一週間もここにいて、住人は帰ってこなかったんですか?」

「小屋の裏に食い荒らされた死体があった、多分ここの住人」


何それ、怖すぎるだけど小屋の後ろにそんなグロい死体があるの?

絶対見たくないな.....


「ちなみに君の体の材料その死体だから、ここの住人に感謝しなよ」


メリルの言葉を聞き俺はゆっくりと目を閉じる。

いや聞きたくなかったー!死ぬまで秘密にしといて欲しかったー!

住人悲劇すぎだろ、魔物に襲われ、死体は知らない男に大変身って.......

というか、なんでコイツは他人事みたいに話してんだよ!住人のお母さん探して謝れ!


「説明おわり、それじゃあ倒しに行って」

住人の無念に思いを巡らせていた俺は、メリルの言葉で現実世界に引き戻された。


アレを倒す?


俺は仏の笑みを浮かべ、口を開く。

「普通に無理です」

「行かなかったら、失神するまで痛みを与えてから、君を結界の外に出す。君が食べられている間に私は逃げるから」

メリルは笑顔でそう言った。


「行ってきます(泣)」

俺の目から一筋の涙が溢れた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


小屋の外に出ると、魔物が表情なくこちらを見つめていた。

感情のない無機質な目をしている。


いや、倒せるかあんなの!

しかも、こんな武器でどうしろって言うんだよ。


小屋を出る前、武器になりそうな物を探していると剣を見つけた。

鞘から剣を抜くと、剣身は刃こぼれ錆だらけで、まともに何かを斬る事はできない状態だった。


これじゃあ、ぶっ叩くしか出来なくない?

イタっ!


ドアの前で固まっていると、不意に全身に痛みが走る。

窓からメリルが(ハヤクイケ)と口パクをしていた。


わかりましたよ!


心の中でそう叫び、結界の境界線まで歩く。

魔物も俺と同じ様にゆっくりと結界へと近づき、境界線で俺と魔物は向かい合った。

剣を振れば当たる距離。

心臓が張り裂けるぐらい鼓動している。


魔物は四つん這いの状態から、立ち姿になり結界に張り付いている。


一旦、落ち着け.....まともにやっても絶対に勝てない。

この剣じゃ斬ることも出来ないし、出来てもこの巨体だ。ダメージは殆どないだろう。

やれることは刺すくらい.......


俺は少し考えた後、小屋の前まで戻る。


「何してるの?」

メリルは窓から顔を出し、少し怒った様に尋ねる。


「ここから全力で走って、剣をあいつに刺します」

俺の言葉を聞き、メリルはキョトンとする。


「走って剣を魔物に刺す、深くまで刺せたら剣を引き抜く、それをあいつが死ぬまで繰り返す」

「......まぁ、剣全体が出なければ結界の中に剣を戻すことは出来るだろうけど、でもその作戦、多分成功するの一回だけだよ?」

「わかってますよ!でも、これ以外思いつかない」


攻撃を受けた魔物が、そのまま結界に張り付いてくれるわけがない。

死ぬまで繰り返すとは言っても、実質一度きりの攻撃だ。


「というか中から魔法で攻撃出来ないんですか?」

「できるよ?というか何度もしたけど、殆どダメージを与えられなかった」


やっぱり、これしかないか......

俺は覚悟を決め、剣の切っ先を魔物に向ける。

そして、全力で走りだそうとした瞬間、結界に張り付き立っていた魔物が前屈みに倒れた。


えっ?


先ほどまで小屋を囲っていた結界が消えている。


「ヴオォォォォォォォォォォ」

魔物は吠え、走り出した。


ヤバイヤバイヤバイ!なんで結界が急に!


俺は急いで小屋の中に入り、ドアと窓を閉め鍵を掛けた。

床にはメリルが倒れていた。


「おい!大丈夫か!?」


メリルは目を閉じ、弱々しく呼吸をしている。


何で急に!

......いや、まともに考えて、魔物に狙われながら一週間も過ごしていたんだ、体力も精神力も限界が来てても不思議じゃない。

でも、何で平気そうなフリしてたんだよ。


バキッ、メキッ!

音の方に目をやると、壁から魔物の手が生えていた。


先ずはこの状況をどうにかしないと、何か、何かないか?

散々探した小屋の中を改めて見渡し、先ほど調べなかった箇所が一箇所だけある事を思い出す。

メリルのリュックだ。


「中見るぞ」


剣を置きリュックの中を漁る。

リュックの中には薬草と表紙に杖の絵が描かれた一冊の本が入っていた。


魔法の本!効かなかったって言ってたけど、もうこれしかない....

バキバキと破壊されていく壁を背に俺はひたすらに本を読む。

全然わからん!!


「ヴオォォォォォォォォォォ!」

「うるせぇ!!ちょっとは待ってくれよ!!」


魔物に苛立ちをぶつける。すると壁を破壊する音が止んだ。


えっ?本当に待ってくれた?


振り返ると、魔物と目が合った。

既に壁を破壊し、小屋の中に侵入していた。

お互い見つめ合いながら一歩も動かない。

空気が張り詰め、息が苦しい。


これ以上、時間稼ぎはできない、最後に見た魔法を一か八か使うしかない。


俺が視線を剣に向けた瞬間、魔物は吠え飛びかかった。

俺は剣を素早く抜き、魔法を唱える。


「バフ!」


目を瞑り、横薙ぎに剣を振る。

しかし、魔物を斬った感覚が伝わってこない。


空ぶった.......死んだ......せっかくブラック企業から解放されたのに.....

俺が食われてる間に逃げろよメリル....


....あれっ?全然襲ってこない?


数秒経っても攻撃が来ない。

恐る恐る目を開けると、魔物は真っ二つになり倒れている。


「へっ?」


固まった俺の手から、剣が滑り落ちていった。

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