第3話「トラック3/ツインヴァレル・キス魔」

 シャワシャワした蝉の声が聴こえぬままの昼下がり、魔刻たる昼下がり……魔の昼下がり——空には月が見えている魔の昼下がり——まひるの月——


(フォオオオオオオオオオオオオオオオオ……と、威圧的な環境音のようなモノが鳴り響いている)

 ——魔刻。それは必ずしも黄昏時や逢魔時とは限らない。

 特にこういう超越種なお姉さん(仮称)ともなれば、最早時間帯など些細なことでしかないのである。


 いつ準備したのか、お姉さん(仮称)の不思議な何かそういう技によって——幼馴染は虚ろな目をして座敷に入ってきた。


「——よぅし、偉い偉い。それぐらい素直にしていた方が良いよ」


「……はい」


「うん、ちょっと素直すぎるけど少年の今後にとってはこれぐらいのイベントを経由した方がちょうどいいか。

 ——うん? ああ、心配しないで良いよ。

 幼馴染ちゃんにはちょっと素直になってもらっているだけさ。君にも協力してもらいたいな。

 ——あーちょっと待ちたまえ。本当に大丈夫だから。ヤバい案件、『ヤんけん』とかじゃないんだって。そもそもさ、お姉さん君に何か不都合なことしたかい? してないだろう? 君はただ、シンプルに気持ち良くなっていただけ。それは今後も変わらないよ。約束しよう。この子もこの後ちゃんと解放するともさ」


「……はい」


「あ、今のは別に返事しなくて良いよ。おっけー?」


「……はい」


「うーんそういう設定にしたとはいえ、変わり映えしないね。とりあえず少年に説明する間だけ笑顔で待機しててもらえるかな? 後座ってて良いからね」


「……わかりました。——にへ」


 幼馴染ちゃんは虚ろな目のまま笑顔になって、座敷にへにゃっと座り込みました。


「あーもう、ワンピースの紐、片方肩からずり下がってるよ。肩だけに」


(どっ、とオーディエンスが湧く音が鳴る)


「……ま、良いや。

 ——少年。とにかく君には今から再び気持ち良くなってもらう。お姉さんとしても色々確かめたいことがあってねぇ。具体的に言えばこの子の深層心理なんだけど。

 ……あー、そんなに気にしないで良いよ。遠回しにだけど、この子が望んでいることでもあるからね。君はそんな『プライバシー大丈夫かなぁ』とか『俺も覗かれたのかなぁ』とか『なんだかエッチなことしてる気がするなぁ』とか、そういう顔しないで良いからね。心配ないから。

 ——え? 最後のは思ってない? えぇ〜〜? 本当にござるかぁ?

 まあ良いや。閑話休題」


(どどん、と。太鼓みてぇな音が鳴る)(太鼓だろそれは)


「こほん。とにかく、これは君のためでもあり彼女のためでもあり、そしてその過程でなんか知らんけど君は、これを手伝った時、気持ち良い思いをすることができる。タイミングを逃さない方が良い。何故ならモテ期とは——来たと思ったら突風の如く過ぎ去ってしまうものなのだから……!」


(ビュオォォーーーーー、と、どこからともなく風の吹く音がする)


「——ま、なんというかね。少年、君は今ワンチャン『モテ期』到来説が浮上しているワケなんだ。しかもただのモテ期じゃないよ。ド級のモテ期——ドテ期だ。ドモテ期と迷ったけど語感を優先させてもらったよ。

 つまり君は今、まあまあの確率で彼女出来る率アップ、ソシャゲで言うところの『モテ期ピックアップ』ってやつだね。週刊漫画雑誌で言うならば『モテ期突入記念センターカラー』みたいなやつだね。

 ——え? 『巻頭カラーじゃないんだ』だって? あのねぇ! 巻頭カラーなんて早々取れるもんじゃないんだよ! 後せっかく取るならカップル成就した時とかの方が……良いだろ?」


(ヒューヒューなどと囃し立てる謎の声)


「というわけで。ぶっちゃけ、彼女は今、どうも好きな人——ていうか本人的には気になっている人がいるっぽくてね。で、お姉さんの見立てでは君なんだよね。状況から分析しただけ、そう、簡単な推理さ」


(お姉さん(仮称)が向きを変えて、幼馴染ちゃんの方を向く音)(要は畳を擦る音というワケです。わかります)


「で。お姉さんによるすごい催眠術——『催眠のお姉さん疾風弾ストリーム』をさっき炸裂させて、幼馴染ちゃんには深層心理を表側に引っ張り出してもらったワケだ。

 で、彼女の君への好感度もまた、この後明らかになるワケだね。

 ——ということで」


 ——お姉さん(仮称)が、幼馴染ちゃんの頬に手を当てます。


「——————ぁ」


「——さ。君は彼と何をしたいのかな? 行動で教えてほしいな」


「——はい。わかりました。

 ……私は……彼と……はぁ……はぁ……」


 そう言うと、幼馴染ちゃんはまず体育座りの体勢に入ったかと思うと今度は両脚を左右にそれぞれ開け


「この——馬鹿野郎!!」


 お姉さん(仮称)がどこからともなく持ち出したハリセンで幼馴染ちゃんの頭をはたいて静止させました。


(スパァァァン、と、軽快なハリセンの音が鳴り響く)


「早い早い気が早い。スタンバイメインどころじゃなくていきなりバトルフェイズじゃないか。どんだけ前から好きだったの君。妄想膨らみすぎてたんじゃないかな。年齢的にセーフでもお姉さん的には時期尚早だよ。焦燥してたのかもしれないけど手順を踏もう、良いね?」

「——はい。しゅん……」


「——てなワケだ。良かったね少年。これもう君から告れば勝ち確だよ。

 ——ん? なんだい? 『だとしてもだよ!』?

 まあそう言わないでおくれよ。これね、お姉さんに言ってたとは知らなかったみたいだけどね、彼女は私に『想い人への気持ちの伝達』を願ったんだよ。

『伝われー! アイツに伝われー! あの朴念仁マジで鈍感だからクソァ!』

 ——ってね。

 だからまあ、後で君が優しくしてあげてほしい。……君は君で、結構素直じゃないだろう?」


 あなたはあなたで、なんとなく思い当たる節もあったため、この謎のお姉さんらしき超越存在の言うことも一理あるのかもしれんと、そう思ったのでした。それもあって、だいぶ赤面していた顔の火照りも少しずつおさまっていき、あなたはようやく普段の冷静さを取り戻


「それはそれとして、実証に付き合ってくれたお礼はしなくてはね。

 今からお姉さんと幼馴染ちゃんとで、左右から君の耳にめっちゃキスしてあげよう。

 ——おや。クールダウンが爆散しちゃったねぇ。また顔が真っ赤だよ。本当におもしろいねぇ君。とはいえこの『耳気持ち良すぎワロタ事変』ももうこれで3回目。

 3! だよ3!

 となればこういう展開も、あった方が楽しいと、お姉さんは思うんだよね。

 ——ふふ、祭りまではまだ時間がある。オードブル感覚で楽しんでくれたまえ。

 よし、それじゃあ——」


(徐々にお姉さん(仮称)の声が近づいてくる)


「はじめよっか」


(右耳から聴こえてくる。お姉さん(仮称)は右耳担当なのだ。つまり幼馴染ちゃんが左耳担当。このパートだけ左右反転verのボーナストラックとかあると楽しいと思います)


 お姉さん(仮称)は、これまで通り「ちゅ。ちゅ。」といった感じで頼もしいドラムみたいな安定感でキスのビートを刻んでいきます。

 一方幼馴染ちゃんはと言うと、


「んっ、ちゅっ……ちゅっ……はむ、ちゅっ……ちゅっ」


 などとだいぶ熱烈です。

 ライン超えをやらかさないようにお姉さん(仮称)が上手いこと催眠パワーで微調整もしたらしいです。お姉さん(仮称)はそういうコントロールも上手いので、幼馴染ちゃんはこの後無事社会復帰する。


 とにかく、このなんか氷と炎って感じのツインヴァレル・キス連打はこの後しばらく続きました。これもう耐久戦だろ。


「——うん。まあこれぐらいにしておこう。少年の理性も限界かもしれないからね」

「——んっ、ちゅっ、ちゅっ、しゅき……」

「そろそろやめなさい。彼は壁じゃない」


 と言いながらお姉さん(仮称)が幼馴染ちゃんの目を見つめると、幼馴染ちゃんはそのままスヤスヤ寝始めてしまいました。


「後15分もすれば起きるだろう。今一瞬でコーヒー飲ませたからね。ふふふ、見せない神秘性とはこういうの言うんだよ。初手例外ですまないね。一般的な例が見つかればまた会おう。

 ——ん? また会おうが気になったかい?

 ま、そういうことさ。……お姉さんはそんなに長々とは、君たちと干渉し続けられないんだ。

 だからまぁ、」


「「またいつかね」」


(両耳から聴こえる)

(それと同時に風が吹き、ひぐらしの声が聴こえ始める)

(あたりはいつの間にか夕方になっている)


 そうして、謎のお姉さんとの不思議な時間は終わりました。

 あなたは、側で眠る幼馴染の本心を知ってしまいました。これから、どうするのでしょうか。


 トラック4へつづく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る