第2話「トラック2/このお姉さんすごいよォ! さすがASMRのお姉さん!!」
翌日。昼下がり。
素麺をズルズルズビズバーと啜ったあなたは、普通に眠たくなってきたので座敷で寝ることにしました。
(回想シーン的にズルズルズビズバーという音がエコー付きで鳴り響く)響く……)響く……)
シャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワ(蝉の声)
今日も蝉がシャワシャワ鳴いています。
シャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワ(蝉の声)
あなたはこの騒がしさすらホワイトノイズのノリで受け入れてスヤスヤ昼寝を始めつつあります。しかし、
シャワシャワシャ
——今日も、突然セミが鳴き止みました。
お姉さん(仮称)が、来たのです。
「お、今日もしっかりお昼寝してるねぇ。お姉さんも君にまた会えて嬉しいよ。
——あー、良いよ良いよ。そのまま寝てておくれ。君は昨日、ついうっかり、お姉さんの姿を見ちゃったからねぇ。……ん? ツノとかは生えてないよ。寝ぼけてないかい? まあ良いや。とにかく、お姉さんのパワーは神秘的であればあるほど高まる。
具体的に言うと、こっちが準備している間は見ないでほしいんだ。準備の工程が見えないってことは——タネも仕掛けも朧げになるってことで、要はシュレディンガーなんだよね。
で、その実例はちょっと準備が必要なのでまた後にするとして、とりあえず今回は一足跳びでその応用、見えないからこそより効果的——そういう耳かきをやっていこうと思う」
そう言ってお姉さん(仮称)は、あなたを仰向けのまま膝枕モードにさせました。あなたは目を閉じたまま。一体これから何が起こるのでしょうか。
「「じゃ。始めるね」」
なぜか両耳から、お姉さん(仮称)の囁きが聞こえてきました。囁きは清流のようにあなたの耳の中に入り込んでいきます。
あなたは思わず目を開けてしまいそうになりましたが、なぜか開きません。やたら重いのです。
「ふふ。全く、言うことを聞かないヤンチャさんだな君は。
——ふっふっふ、少年。今は不思議な技で、耳かき中、君が目を開けられないようにしてあるんだ。……あぁ、そんなにびっくりしないで。言うて30分ぐらいの話だからさ。気持ちの良い金縛りだとでも思っておくれ。
今回の耳かきはシークレット耳かき。謎の何かしらで、君の耳を気持ちよくしてみせよう。
——じゃ、今度こそ始めるね」
——すると、左右の耳に、全くの同時に、指? のような——なんだか柔らかく、そして湿っている、耳の穴にすっぽり収まるぐらいの直径の……謎の細長い何かが入ってきました。
耳の穴の直径と大体同じということは——耳を塞ぐとほぼ同義。
あなたは今、あたかも水の中から水上の音を聴いているかのような状態ということです。
胎内も、ひょっとしたらこういう状況なのかもしれませんね。
あなたは今、擬似的に胎内回帰しているのです。これもう赤ちゃんプレイだろ。
——というようなズボズボと大雑把な音だけが耳内を支配する状況が5分ほど続いて、あなたは落ち着きすぎて寝落ちしかけています。
実際、別に寝落ちしてしまっても大丈夫だし、お姉さん(仮称)がその間何かしらの悪さをするわけでもないし、寝たいなら寝れば良いのです。
ですが、なのですが。
これはあくまでも前半部分。
ここから後半戦が始まるのです。
アディショナルタイムは特にないです。これ別に試合が途中で止まったとかないので。
——徐々に、両耳から蠢動する何かが抜け出ていきます。久方ぶりに、といっても5分ぶりとかですが、あなたは外界の音を鮮明に聴くことができました。
「どうだい? 結構耳内環境整ったんじゃない? ——え? 『そんな腸内環境みたいな』だって? 私からすれば同じカテゴリーだよ。カテゴリー耳か、おもしろい……って感じさ。
まあ今のはアレだよ。私なりの梵天だよ。ほら、昨日は耳かきだけしてそう言えば梵天使わなかっただろ? 私はあんまり梵天やんないんだけどさ、せっかくだし、君には梵天ではないにせよ、なんか近い感じの極上のやつやっておこうかなって、そう思い直して今に至るってわけさ」
どうやらアレは梵天の代わりだったようです。どう考えても梵天ではありませんでしたが、それはそれとして気持ちよかったので、あなたは別に良いかとなっているのでした。
「というわけで後半戦の始まりだ」
「「もう一度、両耳同時に気持ち良くなろうね」」
お姉さん(仮称)がそう囁くと(この時点でだいぶ気持ち良い。美声なので)、今度は推定プラスチック耳かきで両耳をかきはじめました。
しかし、何かが妙です。何か、何か奇妙なのです。
耳内全方位が同時に耳かきされているのです。
「「そうら、ごり……ごり、ごり——ごり——両耳の全てを、私が気持ちよくしてあげよう——ごり、ごり——ごり、ごり——」」
またしても左右から同時にお姉さん(仮称)の声が聴こえてきます。それだけではなく、あなたの耳の中は今、お姉さん(仮称)が使用する謎技術によって——全方位耳かきが実行されているのです。
全方位とはすなわち——オールレンジ。
お姉さん(仮称)は、オールレンジ耳かきの使い手でもあったのです。
耳壁という耳壁が同時にゴリゴリとエグい耳かきにより擦られていきます。結構エグいです。しかし不思議と痛くはありません。不可思議ですね、ファンタジーです。
「ふふ、痛くならないよう細心の注意は払っているとも。私はお姉さんだからね。少年が傷つかないように努力するともさ」
そういったことを言いながらも、お姉さん(仮称)はさらに「ごり……ごり……」だとか、「ほじ……ほじ……」だとか囁いて、あなたの耳を気持ちよくかいていきます。
オールレンジ耳かきも、ただオールレンジなだけではなく、波状に、段階的に手前から奥へ——奥から手前へ——同時ではなく波打つように、様々な角度から耳かきが実行されていきます。
かと思えば今度はローラー作戦めいて全くの同時に、まるで耳垢を根こそぎ刈り取ると言わんばかりに、あなたの耳の穴——その形にフィットするように推定プラスチック耳かきたちが、奥から手前へ——ゆっくり、それでいて音圧強めに、あなたの耳内を移動していきます。
「そら」 「いくよ」
「ごり……ごり……」
「ごり、ごり——」
「ほじ——ほじ——」
「ほじ、ほじ……」
なんかたぶん30分とか超えたと思います。あなたの耳は、良い意味で蹂躙されています。良い意味で蹂躙って何? よくわかりません。よくわかりませんが、こと耳かきに関しては、そういう形容もある程度おわかりいただけるんじゃないかと思うわけです。耳かきのおかわりもいただけるんじゃないかと、そうも思うわけです。
まあでもとにかく、このお姉さんすごいよォ! さすがASMRのお姉さん!!
——といった感じなのです。
そんなこんなで30分超えの長丁場。世の中にはここからさらに1時間という展開もありますが、これはあくまでお昼寝タイムの不可思議イベントなので、これぐらいがちょうど良いのです。コーヒー飲んでからこういう不可思議イベントを体験してみると、ちょうどカフェインが効いてきて良い感じにスッキリお目覚めできるのではないでしょうか。……え、知らない? うるせぇ、試してみろ、参考にしますから(!?)。
「——ふぅ、さて。まあお昼寝タイムでのひとときならこれぐらいかな」
ズボッと両耳から耳かきらしき何かが抜けると、お姉さん(仮称)はそう言いました。
「「ふぅーーーーーーーーーーーーーーーー」」
ちゅ。
ちゅ。
予測可能回避不可能。本日も出ました。
しかも今回は両耳同時にです。いや本当にどういうトリックなんでしょうね。うるせぇタネも仕掛けもシュレディンガーちゅってんだろ。そういうことなんだよ。量子力学なんだよ(?)。
「ふふ、お。わかっててもやっぱりびっくりしちゃうのかな。そして耳かきも終わったからお目目もパッチリだね。良い昼下がりになっていたなら幸いだよ」
やはりどことなく神々しい光を纏うお姉さん(仮称)。その背後——座敷の奥の障子に人影があったのはいつからなのだろう。
あなたは耳かきが気持ち良すぎてマジで全然気づいていなかったわけですけど(辛辣)、お姉さん(仮称)は当然気づいていたわけで。
「お、気になっていたようだね。入っておいでよ。
——ああなるほど、恥じらいはもっともだ。
なら、お姉さんが手伝ってあげよう」
そう言ってお姉さん(仮称)は障子の向こうの人影を凝視する。
するとしばらくして、障子が静かに開かれて——
「さ。入って来たまえよ」
「………………はい」
虚ろな目をした幼馴染ちゃんが入室してきたのでした。
トラック3に、続く。
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